鮮魚街道を往く(前半)

 千葉県一周マラソンを終えてから早や半年。夏場の猛暑とモチベーションの低下により、まったくウォーキングもさぼっていましたが、さすがにそろそろ復活することにしました。千葉県一周の後半、利根川沿いを北上し木下から安孫子方面に行くルートをグーグルマップで確認しているとき、布佐駅周辺に「鮮魚街道」という文字を発見しました。


 長年それほど遠くないところに住んでいて、まったく聞いたこともない名前。なんだろう?利根川の魚をどこかに運んだのだろうか?調べてみるとどうもこういうことのようです。

 江戸時代に銚子沖で取れた魚を江戸に運ぶのに、利根川をさかのぼり布佐のあたりから陸路を馬で松戸まで運び、そこから江戸川をふたたび船で下って日本橋の河岸まで運んだ。房総半島は南北に長く、現在の貨物船でも1日かかります。江戸時代は帆船ですので、もっと掛かる上、風待ちも必要でしょうから、数日かかったと思われます。特に夏場は南風の上、黒潮にも阻まれるので、生ものを輸送することは不可能だったのでしょう。そこで銚子から利根川をさかのぼる水路重要な輸送手段だったのです。

 ただ利根川は関宿までさかのぼれば江戸川に合流するので、いちいち馬に載せ替えるよりその方が楽なような気がしますし、途中、野田のあたりでショートカットする運河も後にできています。それでも速さを優先すると可能な限り陸路を使うことになるのでしょう。ですがもともと布佐のすぐ手前の木下河岸から市川までは木下街道が通っており、松戸から江戸川を下るより、市川から日本橋の方が水路でも陸路でも早いと思うのですが、あえて松戸に行く理由があったはずです。文献によると、木下街道は人の往来が激しいうえ、利権の影響か何なのか、途中の鎌ケ谷宿で馬を載せ替えなければいけなかったようです。そこで、新たな街道を作った、というようなことのようです。

 前置きが長くなりました。千葉県一周が終わったら、この鮮魚街道を歩いてやろうと思っていました。春には終わっていたのですが、最近の夏は到底ウォーキングができる気候ではないし、秋はスズメバチが怖いのでパス。やっとその気になった12月12日、少々風は強いものの、天気は良さそうなので決行することにしました。もちろん事前にネットで下調べはしてあります。調べてみるとそれなりに有名な街道で、通過する自治体のホームページにも紹介されていたり、街道マニアの方が歩いて色々レポートをされています。全長は約25kmです。普通に歩くと5時間のコースですね。ただ久々なのと、途中に海上自衛隊の下総基地の滑走路が横たわっていて、ここを大きく迂回しないといけないので、2回に分けて歩くことにしました。

 千葉県一周では尺取虫走法でしたが、この街道は出発点に戻る交通手段がないので、車は使えません。出発点の布佐までは車なら20分くらいなのですが仕方ありません、電車です。新鎌ヶ谷駅から野田線で柏まで行き、JR常磐線我孫子へ。成田線に乗り換えて布佐駅まで1時間以上かかります。

 さて布佐駅に着きました。千葉県一周の時にもレポートしましたが、とにかくこの電車、インド・バングラデシュ系の若者が多い。多いなんてもんじゃなくて、1電車ほぼ全員が彼らみたいな状況で、そして全員がこの布佐駅で下車します。写真を撮りたかったのですが、失礼かなと思い撮れませんでした。でも皆さん、静かで車内マナーもよく素晴らしいです。ちなみに彼らは全員、利根川を渡った先の茨城県にある日本ウェルネス大学というところのビジネススクールに通っているようです。したがって、一日中電車がそういう状態というわけではなく、通学時間帯のみの現象だと思います。途中で彼らと別れ、利根川沿いを少し東進し出発点である布佐河岸を目指します。が、いきなり大失敗。出発点には祠と看板があるという情報をもとに、場所は事前にグーグルマップで確認していたので、地図を見ずにずんずん歩いて行ったら、行けども行けども無い。で、スマホで確認するとなんと1kmも行き過ぎてしまっているようです。さて、戻るべきか、このまま行っちゃうか、悩みましたが結局戻ることにしました。真面目です。うそです、暇なんです。

 

布佐河岸跡に建つ鮮魚街道の看板

 うーん、いきなり疑問点が解決してしまいました。水量の豊富な時期はちゃんと関宿経由で江戸川を下っていたこと、木下街道を使わなかったのではなく併用していたこと。そうだよなあと納得し、風も強いしもう帰ろうかとも思いましたが、あくまで主目的は健康のためのウォーキングであることを思い出し、歩き始めました。

 歩き始めて1kmほどは住宅地の中を通ります。宅地造成された際に旧街道はつぶされているはずですので、この辺は適当に歩きます。利根川手賀沼を結ぶ手賀川にかかる手賀橋を渡ると通りに並行して車がすれ違えない幅の道が続きます。これが旧鮮魚街道です。おそらく馬がすれ違える幅がこんなもんなのでしょう。

 この先は亀成川という手賀沼にそそぐ用水路のような川にかかる橋です。白鳥の群れがいます。本来、白鳥は渡り鳥ですがここにいる一家は居着きです。ある年、何かしらの事情で北に帰れなくなって、夏を越してみたら、ちょっと暑いけど何千キロも飛ぶよりこの方が楽なんじゃないかということを学んでしまったようです。以後、ずっといます。ただ最近の猛暑に後悔しているのではないかと心配になります。余談ですが、千葉県には白鳥の越冬地が結構あります。有名なのは印旛沼の白鳥ですが、最近は干潟町の夏目の堰の方が多いようで、毎年約1000羽が渡ってきます。彼らは夜は池で寝ますが日が昇ると家族単位で周りにある田んぼに出かけます。冬でも少し水を張ってある田んぼが好みのようで、そこで日がな一日過ごすようです。それなりに車の往来はある道路から近い場所でも平気です。車は危害を加えないということを学んでいるのでしょう。一方、歩いている人間は警戒します。双眼鏡などで覗こうなら途端に飛んで逃げます。バードウォッチングは走る車からが一番です。なんかアイロニーです。話は戻りますが、千葉ニュータウンのマンション群にもそう遠くないこの亀成川には鮭が遡上したこともあります。自然界は人間の常識では測りしれないところがありますね。

 歩き始めてまだ3kmくらいなのですが、背筋が張ってきます。久々のランニングだとふくらはぎや大腿四頭筋が張ってくることはあっても背筋は気にならないのですが、不思議なものです。ストレッチして歩き続けます。道は一旦県道(木下街道)に合流します。坂を上りきると本日のもうひとつの目的地である永治郵便局が現れます。文献によると昭和11年の開業で、おそらく建物もその当時のままです。外観もさることながら、木製の扉を開けて中に入ると、プラスチック感の全くない、木と金具とガラスだけの世界。子供のころ見た役場の雰囲気ですかね。当然、中にいるのは黒縁の丸眼鏡、真っ白なワイシャツに黒いアームカバーの初老の事務員であってほしいわけですが、概ねそんな感じのおじさんが一人でおりました。永久に保存してほしいものです。お年玉付き年賀はがき100枚を購入しました。

中の写真は撮れませんでした。

 ここからしばらくは県道を行きますが、例によって歩道がありません。千葉クオリティです。トラックにおびえながら進みます。街道沿いに古い石碑が並びます。山形の月山への参拝の安全祈願のようです。年代は天保と書いてあります。江戸時代は月山信仰が盛んだったのでしょうか?

 この先、やっと現れるコンビニでトイレ休憩&おにぎりの昼食です。トイレから出てくるとATMで見おぼえある女性がお金をおろしていました。柏に住む娘でした。どんだけ奇遇だ。おにぎり食べたら再開です。500mほど歩くと、右手に鳥居が見えます。ここを右の林の中の道に入っていきます。この道は地元では知らない人のいない抜け道でして交通量はそこそこあります。そして鳥居がある以上、その先に神社があるのですが、結構先です。この道は参道ということになるのでしょうか?昔は生魚が通り、現代は車が飛ばしていく何とも残念な参道です。そしてこの道を徒歩で歩く人など皆無ですので、車はガンガン来るし、両サイド林でカーブも多く、危ないったらありゃしないです。1kmほど行くと右手に阿夫利神社です。千葉ニュータウンに住んでいた時には毎年正月に初詣に来ました。

神社の駐車場入り口です

 写真は正面の石段ではなく、自動車のお祓いをする駐車場への入り口です。両サイドはいわゆるヤードです。30年前くらいはこんなのなかったんですが、なんともはや残念な光景です。この場所は印西市になるのですが、きちんと保全をせず、市街化調整区域にして放っておくものだから、外国人が農家から買い叩いて適当に囲いを設け、産廃置き場や輸出用の自動車置き場だらけになっちゃうのです。ごみは裏の林に捨て放題。悲惨です。このまましばらく行くと隣の白井市に入りますが、そちらは拡幅した街道を中心として工業団地になっています。工業団地ですから別に風光明媚なことはありませんが、少なくともちゃんとした工場ばかりで、ヤードや産廃置き場はありません。そして間違いなく住民税は稼げます。どちらが良いかは明白です。

平塚工業団地

 工業団地を抜けると国道16号まで梨畑が続きますが、国道から工業団地に続く道路で大型車が通りますから、広いし歩道もちゃんとしており、歩きやすいです。地元では風間街道とも呼ばれている道です。16号を渡ると風間街道と別れて住宅地の中に入っていきます。坂を下るとベリーフィールドという分譲住宅地に出ます。PFASがたくさん検出されて新聞沙汰になった金山落しという小川沿いに広がる住宅地です。きれいな街ですが駅から遠いんだよね。最寄駅から徒歩1時間くらい。なもんでバスが住民の足です。バス通りを渡って、竹林の間の細道を登っていくとひそかに常夜灯が建っています。看板の説明によるとここがちょうど鮮魚街道の中間点なので、休憩所があったようです。常夜灯は明治になってから作られたとのことなので、逆に明治時代にも使われていた街道であることが分かります。

ほぼ人通りのない道にひっそりと常夜灯があります。変な置物を置く輩がいるようです。

 さてこの先は自衛隊の基地の滑走路にぶつかり、通り抜けはできません。今日はここまで。先ほどのバス通りに戻って、バスに乗って帰ります。なんとこのバス、我が家の20m先のバス停に止まる優れものです。後半編に続きます。

 

 

鮮魚街道を往く(後半)

 年も明けて1月8日、鮮魚街道ウォークの後半を歩きました。今朝は快晴、前半の時のような北風もありません。ただ予報では午後から吹き出すとのことなので、早めの出発です。前半の最終地点である常夜灯の先は海上自衛隊の下総基地にぶつかります。ちょうど滑走路の中間地点あたりになるため、迂回するにしても結構な距離であり、そもそも鮮魚街道を往くという主旨からう回路ウォークは無意味なので、滑走路の反対側からスタートします。

 実はこの出発点は自宅から歩けるところなので、徒歩で向かいます。ウォーミングアップです。前半と違い後半は基本的にずっと街の中を歩きます。出発してすぐに県道8号線を渡ります。地図にある船取県道です。船橋茨城県の取手を結ぶのでみんなそう呼びます。しかし千葉県の県道なのに取手は関係ないじゃんということなのか、正式には県道船橋孫子線といいます。役人はそう考えるのでしょうが住民は誰もそんな呼び方はしません。県道を渡るとすぐに東武線の踏切を渡ります。東武アーバンパークラインという線ですが、だれもそんな長ったらしい名前で呼びません。東武野田線です。利用者の利便性を考えずにつけたネーミングなど、全く浸透しないといういい例です。企画者たるもの肝に銘じなければいけません。また脱線してしまいました。

県道281号線、いつも混む道です

 その後は県道281号線を歩きます。この道には特に呼び名はありませんが、なぜか飲食店が多いので我が家ではお食事ロードと呼んでます。この辺は鮮魚街道と全く一致しているようです。1kmほど歩くと右側に髙靇神社があります。たかおじんじゃと読みます。変換困難なため神社のHPからコピペしたので書体が違いますが見逃してください。

 きれいな神社です。青空に映えますね。三が日は初もうで客でにぎわいますが、普段はそうでもありません。明治以降の建立のため、それほど由緒はないようです。この先は現在の県道から少し入ったところを並行して走っていたようですが、宅地造成で細切れになってしまっているので、そのまま県道を進みます。さらに1kmほど行くと、五香の交差点に出ます。渋滞の名所です。その先で京成松戸線(新京成)にぶつかります。県道はアンダーパスになりますが、鮮魚街道は右にそれて駅にぶち当たります。階段を上ってトイレを借用して反対側に下ります。この五香駅周辺というのはどういうわけか飲み屋が多いです。居酒屋、スナックから怪しげなバーまで国際色豊かで飲む場所に困らないところです。しかし理由がよく分かりません。通ってきた六実駅や隣の常盤平駅には居酒屋すらほとんどありません。この周辺に競馬場や工場なども皆無です。しいて言えば隣の元山駅には自衛隊の駐屯地がありますが、かねがね疑問です。

 ところで千葉県北西部はこの六実、五香のように数字が付く地名が多いです。江戸時代までは馬の放牧場だったのを明治に入って国策で農地として開墾しました。入植した順番に、初富、二和、三咲、豊四季、五香、六実、七栄、八街、九美上、十倉、十余一、十余二、十余三と数字に目出たそうな字を組み合わせて地名としたようです。いまでもそれらの地名はすべて残っていますが、もともとやせた土地だったので字のめでたさに反しなかなかうまくいかなかったようです。そんな土地でもうまくいくのが果樹園なので、この辺一帯は梨が名産です。怪しげな歓楽街を抜けると、おお何と懐かしい喫茶店があります。

 コロラドです。学生時代はお世話になりました。まちがっても今風にカフェなんて呼べない、まごうことなき純喫茶コロラド!と思ったら、黄色いオーニングにcafeと書いてありました。失礼しました。

 ここからは県道の一本北側に住宅地の中を並行して走る道路が鮮魚街道の名残のようです。車も通らず歩きやすい道を常盤平の住宅街に入ります。この辺はいわゆるお屋敷エリアと公団の団地エリアがありますが、どちらも高齢化著しく、お屋敷は相続税払えず分譲して小さな建売になり、団地は老人ホームの感じです。通りのケヤキだけがとんでもない高さに育って歴史を感じます。そのケヤキ並木のそばに子和清水という場所があります。車で通るたびに何だろうと気にはなっていたのですが、調べてみました。

 むかし貧しい一家が住んでいて、その家の老いた親父が毎日出かけて行っては酔っぱらって帰ってくる。そんな金はないはずなのにと訝った息子が後をつけてみると、湧水を飲んで酔っ払っていた。酒が湧き出ているのかと自分も飲んでみたがただの水だった。「親は旨酒、子は清水」というわけで、子和清水と呼ばれるようになった。ということらしい。こういうのって何かしら教訓があるものですが、いまいちわかりにくい。子供に迷惑を掛けないように外出し、心配しないように酔っ払ったふりをしていたのだろうか?そんなに元気なら働けよと思ったりしますが、何と同じような言い伝えで子和清水という地名は全国各地にあるらしい。へー。

 子和清水を過ぎると、道は一旦下ってまた登り八柱駅の裏の踏切を渡ります。八柱は八柱霊園で有名です。南北1km、東西2kmの広大な敷地が住宅地の中に広がっています。中も広い車道が五目に走っており、ジョギングにはもってこいです。でもここは東京都立の霊園なので、地元松戸市以外の千葉県民は墓を建てることができません。残念なことです。

 八柱を過ぎてしばらく行くと京成松戸線(新京成線)に並行して走りみのり台駅のあたりで県道に合流します。この県道は最初のころに紹介したお食事ロードなのですが、この辺りはラーメン街道として有名です。有名ラーメン屋が軒を並べます。そのうちの一軒、成都担々麺で昼飯を食べようと思っていたのですが、休業中のようです。残念なことです。

病みつきになる成都担々麺

坂を下りきったところで、鮮魚街道は県道と離れます。住宅地の中の一方通行の狭い道をまっすぐ行くと国道464号線に当たります。国道の脇に走っているほぞい道が鮮魚街道ですので、そちらを行きます。

右が国道、正面が鮮魚街道

 1kmほど行くと、国道6号線にぶつかります。ここには千葉大園芸学部があります。ひと山丸ごと大学みたいな感じで、中に入ったことはありませんが、花畑がいっぱいあるんじゃないかと思われます。6号を渡ると千葉大の山すそを回り込むように鮮魚街道は続き、常磐線の線路に突き当たります。

 

右が千葉大

常磐線に突き当たります

こ線橋を渡ると千葉県一周でも歩いた流山街道です。歩道激せまです。1kmほど北上し江戸川沿いに出ます。ちょっと行くと目的地、松戸納屋河岸です。

 今でも当時の建物が残っているわけではありません。それっぽい黒塀と瓦屋根ですが壁の裏はこの家の駐車場です。ですが目印としては出発点の布佐河岸よりは分かりやすいかな。というわけで六実から松戸まで約13kmの道のりでした。

 前半と通しで7里弱くらい。それなりにアップダウンのある道でしたが、馬ならどうってことないのかな?ほんの100年前位まで馬が輸送の一翼を担っていたと思うと不思議な感じがしますね。そして鮮魚街道はそれなりに現代でも道路として残っていますが、モニュメントとして残っているのは布佐の看板と松戸の壁、中間点の常夜灯くらいで、後は地元の人でもわかるようなものはありません。別にお金をかける必要はないと思いますが、道路の名称とかに残せないものかと考えてしまいます。もっともグーグルマップに載っているくらいなので、小学校とかではおしえているのかなあ?

終わり。

 

千葉県一周(江戸川編)

①七光台~関宿

 明けましておめでとうございます。いよいよ千葉県一周マラソンも最終章に入ります。2025年1月24日、東武野田線七光台駅で下車しました。本来は関宿まで利根川編のつもりだったのですが、交通事情が良くなさそうなので、江戸川沿いを北上することにし、同じ道を戻るのもなんなので復路は省略することにします。利根川編では茨城県と陣地の攻防に触れてきましたが、この辺は別の意味で茨城県または埼玉県の影響力が強いエリアです。こっそりと先端まで行ってバスで帰ることにします。

 さて、さすがに一月、天気は良いですが風が冷たいです。帰りのバスが極端に少ないので、早めのスタートです。七光台駅は西側に住宅地が広がっています。線路に並行して流れる小川に沿って住宅地の中を川間方面に向かって歩きます。1kmほど行くと商業施設がある交差点に出ますので右折。野田線を渡って2kmほどで県道17号線にぶつかります。今日はこの県道17号線を関宿までひたすら北上します。最初のうちは路側帯を歩きますが、すぐに歩道が出てきます。1kmほどで国道16号の陸橋の下をくぐります。先日通った県道7号線はトラック街道でしたが、17号線通称流山街道も負けず劣らずです。大型車がガンガン走ります。16号を過ぎると歩道がものすごく広くなります。拡幅工事が途中で中断している感じです。

七光台の住宅地。この辺は少し古い家が多い。

県道拡幅工事中・・・のまま放置?

 県道17号線は目的地までずっと歩道が付いているはずなのですが、この先の川間カントリーの横だけが違います。ストリートビューでチェックすると路側帯らしきものはありますが、両サイド林なので雑草がはみ出していたりすると、この道はちょっと危険です。よってう回路を探しておきました。右手に敷島パンの工場が見えたら、工場横の小道に入ります。ここから小さい工場や農家の間の狭い道を抜けていくと、川間カントリーの駐車場入り口のあたりで17号に合流します。ここからは大丈夫です。

 歩道に団子屋さんの看板があります。この先左側。木下で団子を食いそびれましたので、ここは寄って行くことにします。団子屋さんというよりはお茶屋さんというか休息所のような作りの建物の中で、サービスの団子とお茶をいただき、お土産用に箱入りの団子を買います。時間が早いので他にお客さんはおらず、お茶を出してくれたおかみさんに話を伺いました。そこで得た情報によると、この道を関宿方面に行くバスはたくさんあるということです。たしかに歩いている途中、何台か抜かれましたし、バス停の時刻表にも1時間に3本くらいはあります。それでは事前にネットで調べた一日5本もない、という情報は何?これならこんなにシビアに帰りの時間を気にすることはないじゃん。疑問を胸に店を出て歩を進めることにします。あ、捕捉しますとこの団子屋さん、トイレが大変きれいでした。ネットで調べると、買わなくてもよいから休んで行ってください、というのがポリシーらしく、トイレにそのおもてなしの心が表れていると感じました。もちろん団子もお茶も美味かったです。

団子屋さん

中で一服。これ無料。

 快調に歩いていくと左手に体育館があり、その後すぐに江戸川の堤防の横に出ます。江戸川にかかる宝珠花橋があります。橋の向こうは埼玉県で、宝珠花という地名があります。一方、こちら側の千葉県側にも同じ地名やバス停の名前があります。ここも以前は江戸川の流れが違っていたのかなと思いつつ、それにしても、ほうしゅばな、いい響きですね。九十九里の、やさしがうらと自分の中では双璧です。そしてこの辺が関宿の中心地のようで、野田市との合併前、関宿町だったころの役場やバスセンターがあります。しかし本日の目的地はここからさらに8kmも先です。前進あるのみです。

宝珠花橋付近の県道です。

 道路沿いには民家や商店、工場などが密集しているわけではないのですが途切れずに続きます。取り立てて特徴はないですが、歩いていて飽きない道です。バス停を見ますがバスはちゃんとたくさんあります。5kmほど歩くと左手に工業団地の入り口が見えます。そこを通過して最初のバス停の時刻表を見ると、・・・バスが無くなっていました。つまりここを走るバスは、工場の通勤用のバスだったのです。で、この先は一日数本の世界。ただ、ここまで戻ってくればバスはたくさんあるということです。選択肢に入れます。しかしここからまだ3kmあります。歩いて戻る気力はないです。多分。

バスは午後は二本だけ

 2kmほど行くと新しい道にぶつかります。江戸川を渡る関宿橋の取り付け道路が、以前は大回りして関宿台町という旧市街を通っていたのですが、まっすぐな道路に変わったのですね。このあたりチーバ君の鼻先の幅は2kmくらいしかなく、西は江戸川、東は利根川が迫っています。車だと5分くらいで埼玉、千葉、茨城を走破できます。一方、千葉県内の最寄り駅は20km離れた川間駅。先ほどの宝珠花ではないですが、どちらかというと他県の生活域に近いのでしょう。通る車のナンバーも春日部や古河が多いです。

 さてそのまま直進して旧街道を横切ると細い道に入ります。本日の目的地は旧関宿城跡です。関宿は江戸時代、日光へ向かう要所として譜代大名が治めており、城と武家屋敷があったようですが今はほとんど痕跡もありません。チーバ君の鼻先にそびえるお城は、近年できた資料館です。そいうのにはあまり興味はないので、城の跡地を見てゴールとします。

奥のお城風が資料館。実際の城跡は左の林あたり。

 さてここから、もともと予定していたバスに乗るか、3km歩いて戻って工業団地から乗るか?今日は結構ロングだったので、足が痛いです。時間は余裕がありますので、来るときにチェックしていた蕎麦屋さんで遅めの昼食を取って時間調整です。かも南蛮そばをいただきましたが、しっかりと出汁のきいた汁に、鴨肉も正肉とつくねが入っており美味かったです。バスはガラガラでした。これでは一日数本でも文句は言えないよなあ、という感じです。30分以上揺られて川間駅に到着。野田線で帰宅しました。本日の歩行距離21km。

本日の教訓、バスの時刻は現地に行ってみないと分からない。<累計414km>

②七光台~流山

 またまた七光台です。関宿方面は片道だけとしましたので、今日1月31日は七光台駅から逆方向に流山を目指して江戸川を下ります。今日はもう、とにかくほとんどが江戸川の土手のサイクリング道です。歩道の心配をする必要はありません。さて、七光台駅を出て前回同様、橋を渡り、前回とは逆方向に川沿いを進みます。遊歩道という感じで歩きやすいです。川の向こうは大きな公園になっています。清水公園の裏側になるのかな?とにかく順調に歩道を進むと商業施設が集まる交差点に出ます。ここからは県道5号線を行きます。住宅街が続きます。

前回の川間方面より新しい目の家が多い。

 しばらく行くとキッコーマンの工場の裏手に出ますので、ここからは江戸川の土手に上がります。川の向こう側には当然のように雪化粧の富士山です。この辺はさえぎるものが少ないせいか、秩父や妙義、赤城山と思しき冠雪した山まで一望のもとです。素晴らしい景観ですね。サイクリング道は、利根川と違って自転車も歩行者もやや多いです。とは言え、平日の午前中、たまにすれ違う程度です。土手は吹きさらしですので風が少し冷たいですが天気が良いので気持ちよいです。

江戸川越しの富士山

 サイクリング道わきには距離表示の標識があります。これは同じものが利根川にもあり、海から〇〇kmと書いてあります。が、何とも違和感があるのは、34.25kmとかの表示。利根川は0.5km刻みでした。しかし江戸川は、34.25の次が33.5だったりして、中途半端です。しかし何本か見ているうちに分かりました。基本は0.25km刻みなのですが、老朽化か何かで標識が歯抜けになってしまい、残った標識だけをつなげると妙な間隔になってしまっているようです。早く直せばよいのに。

距離表示

 視線の80%は右側の富士山を見ているのですが、残りの20%で左側を見ると遠くに高層ビル群が見えます。柏の葉のマンションですかね?思ったより近い感じです。利根川と江戸川を結ぶ運河跡はこちら側でも確認できました。水さえ流せばまだ使えそうな深さがあります。もったいないなあ。でも江戸川の水深も結構浅いから、大きな船は難しいかなあ。しばらく行くと土手の工事をしています。人夫さんがたくさんで何か突っついてます。近くで見ると、土手に芝生を張っているようです。そんな予算があったら距離標識を直したら、と思ったりします。

遠くに柏の葉のマンション群

下が運河

 右手の対岸は河川敷のゴルフ場です。平日ですがまあそれなりにプレーヤーはいます。ゴルフは元々お金がかかる娯楽のため、おじさんのスポーツでした。サーフィンやテニス同様、若者離れが進むと、おじいさんのスポーツになっていそうですが、コロナ禍を境に少し若いプレーヤーも増えているように聞きます。結構な話です。家でゲームばかりやっていると、経済が成り立たなくなります。ガーンと上がった初任給で頑張って遊んで社会貢献してくださいっ。

 しばらく行くと常磐道の下をくぐります。ここから左手に用水路が並行します。これが曲者で、柏たなかの時のように渡る橋を逃すと、向こう岸に行く機会を失ってしまい、えらく遠回りする危険があります。地図アプリを最大限に拡大し、細い道を土手から下ります。流山の旧市街地を抜けると市役所があり、流鉄流山線の駅があります。常磐線の馬橋と流山を結ぶ2両編成のローカル私鉄です。本日のゴールです。

流山駅外観

変わらないのも大事

 私くらいの年齢だと、流山の印象はまさにこれなんですね。ところが今や流山市流山おおたかの森をはじめとするつくばエキスプレス沿いの開発で完全にイメチェンしてしまいました。ニュータウンに住む若い人のために「母になるなら流山」をテーマに子育て支援を重視しています。市役所にやり手がいるんでしょうね。戦略ははまっていると思います。やはり若者人口を呼び込まないと、財政は破綻してしまいますから。ただ一方で、昭和そのものの駅舎を出ると鰻屋の臭いのする古き良き流山も残していてもらいたいものです。本日の歩行距離は15km。

本日の教訓、土手はちょっと飽きたな。<累計429km>

③流山~市川

 2月15日、またまた流鉄に乗り流山駅に到着です。前回は江戸川のサイクリング道を歩いたので、今日は町中の街道を歩きます。流山駅前の県道5号、通称流山街道を南下します。前々回の関宿でも流山街道がありました。あの辺は県道17号、今日は5号ですが同じ街道です。基本、道の両側は民家です。商業施設もあれもこれも何でもあります。ただ歩道は歩きやすいタイプではありません。スタートから1kmで3回つまずきました。よくよく考えるとひたすら町の中を行くのは初めてではないかと思います。基本田舎か工業地帯でしたし、一宮のあたりは新しい住宅地の中を通りましたが、あちらは上半身裸のサーフボード抱えたおじさんが自転車で行きかうところであり、普通の生活感とはちょっと異なりますので。

流山街道

 3kmほど行くと急に歩道がひろーくなりました。車道より広いくらいです。この辺は区画整理をして街を作り直している感じです。周辺は大規模なロードサイド店舗がたくさんあります。しかし雑多に見えないのは、看板が高い位置に一切ないからのようです。歩いていればこれで十分なのですが、車だと行きすぎてしまうので、遠くからでも見えるように看板はどんどん高くなって、圧迫感が半端ないのがよくあるパターンですが、おそらく景観の条例があるのでしょう。前回も触れましたが、さすが子育てに力を入れているだけのことはあります。ベビーカーが何台並んでも大丈夫ですし、子供と安心して手をつないで歩ける道を目指しているのでしょうね。すべからく、歩道はかくあってほしいものです。

歩行者ファーストの新しい歩道。

 いい感じの部分は500mくらいで終了し、元の歩きにくい歩道が復活しました。しばらく行くと松戸市に入ります。左手には日大の松戸歯科病院が見えます。私事ですが、私はここで上の親知らず2本を抜きました。両方とも横向きに生えてしまい、中で虫歯になってしまいました。抜くというより砕いて破片を除去するような手術で大変でした。この辺はいい印象がありません。

 早々にスルーしていくと古ヶ崎五差路に来ます。ここまで来ると松戸に着いたなという感じの、渋滞の名所です。根本の交差点を右折し、松戸街道を進みます。松戸駅の入り口を過ぎ、旧伊勢丹のビルを過ぎます。柏といい松戸といい、最上階に回転レストランのある百貨店は千葉では全滅ですね。それにしても歩きにくい歩道です。狭いし、段差はあるし。

建物の合間から旧伊勢丹を望む。

とても歩きにくい!

 国道6号線の立体交差を過ぎると県道1号になります。通称は松戸街道で変わりません。長ーい坂を上ります。外環道の交差点を過ぎ、北総線矢切駅の前を通ります。ここは矢切の渡しで有名なので江戸川の渡し船はここだけかと思ったら、昔はいっぱいあったようです。というのも、前回江戸川の土手の上を歩いていたら、2kmおきくらいの間隔で「〇〇の渡し跡」なる碑を目にしました。そらそうだよね。川渡るのにいちいち矢切まで来てられないし。

 まもなく右手に緑のドーム屋根が載った白亜の円筒形の建物が目に入ります。建売住宅の間の道路の奥にどーんと現れますので、その存在感は圧倒的です。昭和初期にできた配水塔らしいのですが、こういっちゃあ何ですが、ただの水道施設に何たる力の入ったデザイン。素晴らしいですね。まだまだ現役らしいので、あと100年も200年も使い続けてほしいです。この先は、国立病院、東京医科歯科大学国府台高校、和洋女子大、千葉商大と文教エリアを行きます。

怪人二十面相のアジトのような配水塔。

 

県道の両側に学校や病院が並びます。

坂を下って京成線の線路をくぐると、右手にヤマザキパンの施設が現れます。科学館のようなものかなと思ったら、同じ敷地にキリスト教の施設もあります。何か関係があるの?と思い帰宅後調べたら、経営理念に「神のみこころにかなう~」と書いてあります。だからどうということはないのですが、そうなんだ、まだまだ知らないことがいっぱいあるなあ。ここから1kmほどでJR市川駅に到着します。人が多いです。本日の歩行距離15km。

市川駅北側。

本日の教訓、街には知らないことがいっぱい <累計444km>

④市川~舞浜

 2月21日、今日も良い天気です。本当に今年は天気が良い。気温は低く風も少し冷たいけど歩くには最高です。というわけで市川駅まで電車で30分、近いです。前回とは反対側に出ます。駅前にどどんと高層マンションが二棟建っています。たしかこのマンション建ててるとき、姉歯マンション騒動があって、このどちらかも強度不足で建築がストップしたんだっけ、とか思い出しました。その後の震災で問題なくて何よりでした。ただ市川ってとにかく道が狭い。高層マンションの下だって狭い。私は駅から南に向かっていくのですが、今日は平日だし、まだ通勤時間帯のせいか、駅に向かう人が狭い歩道を向こうからがんがん来るので、歩きにくいことこの上ありません。まあ相手の方が「朝っぱらからプラプラ歩きやがって、邪魔だな」と思っていることでしょうけど。

市川の狭い道

 というわけで、一本横のもっと狭い道を行きます。歩道がない分歩きやすいです。しばらく行くと松戸街道のなれの果ての県道に出ます。これを横切って土手まで行く手もありますが吹きっさらしは寒そうなので、県道を歩きます。途中、防災公園の前を通ります。何か災害があった場合に避難所や給水所、診療所となる施設を予めまとめて造っておこうという場所のようです。そういえば松戸にも他県からの支援者の宿営用の空き地が用意されていました。大事なことです。でも財政に余裕のある大きな市だからできることでしょうね。ちょっと不公平感。

 

防災公園

 さてその先の分岐を右に行き、京葉道路の橋の下をくぐって土手に出ます。思ったほど寒くないです。ちょっと行くと旧江戸川と江戸川放水路との分岐点に出ます。放水路に掛かる行徳橋を渡ります。車道は片側1車線の対面交通ですが、橋の幅の半分を歩道と自転車道が占めています。スキップしたくなるほど歩きやすいです。

行徳橋の広い歩道

 すぐ下流側にハゼ釣りのボート屋さんの桟橋が見えます。この時期ですから当然営業していないのですが、あの夥しい手漕ぎボートが全然見えません。冬の間はどこかにしまっておくのでしょうか?考えると眠れなくなりそうです。橋を渡ると細い道を右に行って旧江戸川の堤防に出ます。ここからずっと河口まで遊歩道があるはずですので、安心して歩けます。富士山もきれいです。

 1kmも行くと細長い公園になります。常夜灯公園というらしく、変な名前と思って歩いていたら、歴史を描いた看板がありました。江戸時代に江戸川を渡ってくる人のために常夜灯があったための命名とのこと。で、その常夜灯も現存していました。へー、いい感じじゃん。 

常夜灯、風情があります。

 ただその後は、あまり変化のない景色が続きます。川の向こう側は東京都です。船はほとんど停泊していないのですが、バースの柱がたくさん見えます。こちら側は堤防で水際は良く見えませんが、木製の朽ちかけた柱が何本か見えます。一定の間隔で堤防を越える階段がありますがすべて施錠され、立ち入り禁止となっています。向こう岸は、造船所や遊歩道も見えますが、こちら側は何か残念な感じです。

江戸川の東京サイドです。整備されています。

 どう見ても10年は動かしてなさそうなボートが柱にもやってあります。階段は相変わらず一定間隔であります。そこに不法係留に対する警告書が貼られています。まあどう見ても不法係留だし、危ないし、見た目も悪いから、さっさと撤去してもらいたいものですが、よくよく考えると不思議です。不法係留されている所には必ず堤防に階段が設置されているのです。仮設ではなく、コンクリート製です。つまり堤防ができたときは、合法だったの?違法なもののために階段を作る設計はしないでしょうから。てことはあのボートはその当時のもの?どんだけ放置されてるの?謎は深まります。

千葉サイドは無法地帯です。

 そんなことを考えながら4kmほど歩くと東西線の鉄橋をくぐります。ここは浦安駅の近くで、著名な釣り船が何軒かあります。何度も来ていますので、見慣れた風景です。この辺だけは、浦安遊漁船組合が管理しているようで、その旨の看板があります。こういうのって誰が何をもって判断しているのでしょうね?荒れた不法係留エリアも、ちゃんと管理しますと言って何がしかの使用料を納めれば合法的に使えるのでしょうか?資源としてもったいないですよね、警告の張り紙だけ貼ってほったらかしなのも・・・。

浦安の遊漁船乗り場

 その後もひたすら歩いていくと、前方にディズニーランドのホテル群が見えてきます。見明川を渡ると舞浜の整然とした住宅街です。この辺も東日本大震災液状化したのかな?住宅地を抜けると舞浜の駅です。駅前には何もないけど、この辺の人は普段の買い物はどうしているのだろう。まあ余計なお世話でした。本日の歩行距離14km。

舞浜の住宅地。

本日の教訓、船ばっかり見てると書くことなくなる。<累計458km>

⑤舞浜~船橋

 3月2日、今日は東京マラソンですね。このブログの前書きにも書きましたが、私も昔は東京マラソンを走ったことがあります。それも3回も。今日は20℃をこえて4月並みの気温ということで、マラソンは大変でしょうね。でも歩くのには最適、ということで最後の区間を歩いてきました。

 まずは電車で舞浜駅へ。9時も過ぎているのでもうそんなに混んではいません。改札を逆方向に出て西に進みます。江戸川に突き当たったら左に行くと、ディズニーランドを一周する海岸沿いの道路です。左に駐車場の入り口があります。あれ?ここって立体駐車場だったっけ?うーん、そういえばディズニーランドなんて、子供が小学生のころにつれて来たのが最後、もう30年も来てないんだ。あ、10年前くらいに娘の結婚式でシェラトンに来たけど、気が付かなかったなあ。とにかくこの道路、右は海で左がホテル群、歩道にはヤシの木が植わっていて、ハワイのワイキキっぽいところです。いままで歩いてきた漁村も恐怖のトンネルも歩道なし国道もおせん転がしも千葉県なら、ここも千葉県。いろいろな顔を持っていることをつくづく感じます。

ディズニー裏の道路

 歩道はジョギングの人と頻繁にすれ違いますが、車道は車の通りが少ないですね。今日は日曜なのになあ?昔は駐車場に入る車でぐるっと一周渋滞していたはずなのに。海側を見ると釣り人がひとり。そういえば海べり川べりをぐるっと回ってきたのに釣り人を見た記憶があまりない。外房の漁港には少しいたけど、あとは一宮の投網の方と、古利根沼のへら師くらい。意外と少ないですね。

ルアーの釣り人ひとり。シーバスは夜の方がいいよ。

 天気も晴れてきて気持ちよく歩き続けると、陸上競技場が見えてきます。野球場やテニスコート、体育館もあり市民の憩いの場となっています。やっぱりお金持ちの市はいいですね。うらやましい。つきあたりの右手は浦安マリーナ、便利なところにあります。すごーく高いと思う人も多いと思いますが、実際は三浦半島の葉山や佐島の方がずーっとお高いです。船の維持費って高いんでしょうとよく聞かれるので、一応申し上げますと、私の26フィートの船を浦安マリーナに置くと、年間70万円かかります。葉山マリーナなら140万円で、さらに入会費や保証金が掛かります。ちなみに私のホームポートの銚子マリーナは30万円です。月にならすと2万円強。毎日たばこひと箱と缶ビール1本たしなむ金額です。

浦安マリーナ。便利です。

 そんなことはともかく、その後は京葉線に沿って歩きます。左手は植栽を隔てて住宅街が続きます。歩道は広くて段差も少なく歩きやすそうに見えますが、微妙なアンジュレーションがあり、イマイチです。3kmほど歩くと新浦安駅に着きます。高架下にあるアトレでトイレを借ります。気分すっきり、そのまま京葉線沿いを進むと急に何かが変わったことを感じます。何だろう、としばし考えて分かりました。それまで通りを頻繁に走るバスが、新浦安のホテルとディズニーランドを結ぶ巡回バスやリムジンバスだったのが、新浦安駅を過ぎると急に京成の路線バスに代わっているのです。街の風景は大きくは変わらないのにバスひとつで不思議なものです。

曲者の歩道。脇の排水口に向かって傾斜が見た目以上にきつい。

新浦安駅前。ここを境に観光地から生活の場に切り替わる感じです。

 さて1kmほど行くと小さな橋を渡り、浦安市から市川市になります。行徳に戻ってきた感じがします。海の方を見ると遠く幕張のビル群がかすんで見えます。さらに進むと江戸川放水路の橋を渡ります。ちょうど干潮らしく潮干狩りの人がいます。アサリかなあ、それともホンビノスかなあ?

幕張方面を望む

潮干狩りの方々。

 この辺は、右手に京葉線とその先は工場、左手には高速道路というロケーションになります。つまりほとんど何も見えない状態で歩道を進みます。浦安市内ではついぞ目にすることはなかった道路沿いのごみが大量に目につきます。これらのごみはトラックの運転手が窓からポイするらしいのですが、昔はそんなことはなかったのになぜ?街にゴミ箱が減ったから?ドライバーの労働環境が変わったから?日本人じゃないのか?などなど常々考えてしまいます。千葉県だけの問題ではないですが。

 そんなこんなでひたすら歩くこと19km、ようやく船橋ららぽーと前に5年ぶりに戻ってきました。出発時に撮ったヤシの木の前で写真を撮りましたが、ららぽーと工事中で歩道が狭くうまく撮れなかったのが残念です。本日の歩行距離19km。

ゴール!

本日の教訓、特になし、お疲れさまでした!<累計477km>

 

せっかく5年がかりで千葉県を一周しましたので、最後に総括をしようかと思いましたが、別の機会にあらためて書くことにします。いつになるやら・・・。

 

千葉県一周(利根川編)


①銚子~下総橘

 7月15日に銚子まで走り、その後、真夏の酷暑を避けたため2か月あいだが空いた9月23日、ラン再開です。利根川沿いは基本的にJR成田線が平行します。駅の間隔はまあそれなりですし、本数も1時間に一本がローカル線のデフォルトですが、疲れたら途中でギブアップできるので心強いです。ただ電車で行って電車で帰るのは結構な時間がかかります。我が家からですと成田スカイアクセス線で成田空港に行き、JRで成田駅まで戻ってから成田線に乗り換えです。では車で、と言っても前編で愚痴ったように銚子は高速道路がないので時間がかかります。そこで編み出したのが佐原駅を起点に電車に乗るパターンです。佐原までなら車で1時間です。そこから成田線で出発地に行き、目的地から電車で佐原に戻って車で帰ります。佐原は観光地ですので駅前に広い駐車場があり安心です。

 というわけで佐原から銚子まで電車に乗りました。単線のローカル線ですが、南房総のように2両編成ワンマン運行ということはありません。6両編成くらいの普通の通勤電車です。銚子駅は駅前から利根川に向かう広い道路がメインストリートです。広い歩道を走ります。国道との交差点を渡るとまもなく利根川につきあたります。ここは銚子漁港のいちばん端に当たる場所です。メインの遠洋漁船はもっと河口寄りに着岸するので、この辺は小型の船ばかりです。

銚子駅前メインストリート

銚子漁港のはずれ。ここから河口へ延々5kmほどが銚子漁港です。

 このつきありを右に曲がると卸売市場がいくつかあり、その周辺に魚料理の店が何軒かあるのですが、沼津や三崎のそれと比べると小規模で、やや活気に欠けます。やはり遠いからだと思います。左に行くと利根川をさかのぼっていきます。この川沿いの道も広くて走りやすいのですが、船溜まりを2カ所ほど過ぎてしばらく行くと行き止まりになります。しかたなく一本国道寄りの道を走りますが、狭いし曲がっているし歩道もないので安全第一で歩きます。勝手知ったる道ではあります。2kmほど行くと狭い路地から田んぼの中の農道で国道のバイパスまでの抜け道を知っていますので、そちらに行きます。ただ農道は車がすれ違えない道幅で、その割に交通量はあるので仕方なくあぜ道を通ります。もう少し上流へ行くと利根川の堤防に車道と自転車道路があるのですがまだ全線開通しておらず、国道のバイパスから上流がやっと整備された部分になります。この道と最初に走った川沿いの広い道がいずれつながるのでしょうが、いつになることやら、千葉の道は一筋縄には進みません。

 3kmほどでバイパスもおしまい。国道356号線に合流します。国道も歩道はありますので危ないということはないのですが、段差があってあまり走りやすくはありません。足をくじくのでずっと歩きです。右側は堤防の工事をしています。歩道整備の方もよろしくお願いします。国道沿いはたまに民家があったりしますが商店らしきものはほとんどが廃屋状態です。コンビニがあるのでそこで小休止とおにぎりタイムです。昔はどこのコンビニもイートインスペースがありましたが、コロナ以降減ってしまいました。おにぎり買って外でいただきます。座るところもないので食べたらすぐに再開。

国道はこんな感じの道が続きます。

 2kmほど行くと左手に黄色い建物が見えてきます。ここだけは駐車場に車やバイクが所狭しと並び、店舗の順番待ちの人があふれています。大盛系の洋食屋さんです。何回か食べましたが、年寄りには厳しい量です。さてその先も、周囲は民家、田んぼ、芦原、などが入り混じる何とも変化のない道が続きます。川沿いなので、アップダウンがないのも原因かもしれません。下総橘の駅まであと1.5kmくらいのところで、私の前方300m位に右手の集落からキャリーバックを転がしたおじさんが出てきて、駅方向に進みます。これは電車に乗るに違いありません。少なくともこの人に追いつかないと電車を1時間待つ羽目になるかもしれません。しかし歩道は狭くデコボコで走れません。早歩きで追いかけますがおじさんが結構速い。2か月ぶりなので足も少し痛みます。やっとのことでおじさんを追い抜き、下総橘駅に到着。発車5分前でした。

大盛の殿堂「プれンティ」。なぜか「れ」だけ平仮名。

 ここから佐原駅まで乗車し、車で帰宅しました。さて今回は経路の選択肢があまりなかったのですが、次回が悩ましいです。前書きで千葉県は海と川に囲まれ・・・、と書きましたが、実はこの先の小見川というところから、大きく対岸の茨城県側に陣地がはみ出しているのです。これは昔、利根川が今とは違ったところを流れていた影響と思われます。利根川を渡るといわゆる水郷地帯と呼ばれるエリアでして、霞ケ浦の南端に向かい今でも水路が張り巡らされています。小舟に乗って嫁入りするところですね。小見川から橋を渡れば走破できますが、結構な距離になるのと交通の便の問題があります。さらにもうひとつ、その小見川の先に水郷駅というのがあって、この駅が個人的に好きなのです。ただ問題は水郷駅なのに水郷エリアではなく川のこっち側にあるので、利根川を渡ってしまうと水郷駅はパスしないといけません。とまあ色々考えつつ、本日の走行距離は17kmでした。

本日の教訓、電車の時間と駅の位置は予習予習。<累計281km>

②下総橘~水郷

 前回書きましたように、ルートに悩みました。利根川を渡って水郷エリアに行くか、利根川沿いに進んで水郷駅に行くか、です。結論は後者でした。多少秋の気配も感じ始めた10月6日に下総橘駅を出発です。前回同様、佐原に車を置いて成田線で来ました。駅前から国道に出て左折し、しばらくは国道の狭い歩道を走ります、いや歩きます。1kmほどで右に曲がると利根川大橋の看板が出てきます。ちなみにこの橋を渡ってしまうと茨城県です。水郷エリアに行くのはもうひとつ先の橋です。

 で、ここから選択肢が3つあります。ひとつはこのまま国道を行く方法。もうひとつは国道に並行する農道のような道を行く方法。最後は最近完成した土手沿いのバイパスを行く方法です。ちなみにバイパスの横には自転車専用道もあり土手の上を走ることもできます。国道はしばらくは良いのですが、その先踏切を渡った後から、歩道なし、路側帯雑草ぼうぼうエリアがあるのは知っていますのでパスです。バイパスが一番走りやすいのは間違いないですが、とにかく何もありません。というわけで二番目の選択肢の農道へ。農道と言っても多分、町道なんだと思います。集落と田んぼの境目を通っていく生活道路です。車線や歩道はありませんが交通量はわずかなので問題ありません。ゆっくりですがちゃんと走ります。

 途中、いつも国道を車で通る際に看板が気になっていた、天然鰻屋さんや食肉工場の前も通ります。時間が早いのでどちらも開店前です。4kmほど走って国道に戻りますと東庄(とうのしょう)という町に出ます。ここは笹川という駅があり、前編で触れた天宝水滸伝の舞台です。天宝水滸伝は、江戸時代に飯岡の助五郎と笹川の繁蔵といういわゆる親分さんが争った話です。平たく言うとヤクザの抗争ですね。銭形平次と違ってこちらは史実に基づいているらしいですが、笹川:良い人、飯岡:悪い人というのが通り相場になっています。実際はどうだったかは分かりませんが、飯岡助五郎は十手持ちだったことから、判官びいき的なものもあるのかもしれません。私がこの話で関心を持ったのが、江戸時代は銚子周辺は抗争の原因になるような利権があった、つまり経済が栄えていたということです。当時は北国の荷物を積んだ船はわざわざ房総半島をぐるっと回らずに、銚子から利根川をさかのぼって江戸川から江戸に入っていました。その海運の要所であること、魚が取れること、醤油の産地であったことなどが経済発展の要因でしょうが、現在の財政破綻直前の銚子とは隔世の感があります。

オールスターキャストです

 もうひとつはこの二人がともに相撲取りだったことです。笹川は千賀の浦部屋、飯岡は友綱部屋です。江戸時代に帯刀を公式的には許されなかった町人が力で勢力を維持していくには、腕力がものを言ったのだと思います。で、この両部屋、最近はこれといった有名な力士を輩出していません。友綱魁皇くらいかな。千賀の浦に至っては聞いたこともなかったのですが、たしか貴ノ花部屋が無くなった時に一部の力士が千賀の浦部屋に預けられたというニュースで知った記憶があります。もしかしたらこの経緯は間違っているかもしれませんが、少なくとも200年も前からそれほど有名でない相撲部屋が脈々と生き残っている事実に、相撲の歴史の長さと国技としての位置づけを改めて感じた次第です。で、この笹川の繁蔵の縁で今でも笹川は相撲の町です。町の中ほどにある神社には土俵があり、毎年合宿に来る部屋があるそうです。

神社にある土俵です

 さて笹川からはバイパスに移動します。土手の上の自転車道を約5km走ります。自転車道には「海から何km」という標識が500mおきに設定されており、ペースの維持に役立ちます。利根川の標識は問題ありませんでした。江戸川では首をひねることになるのですが、その話はまた後日。さて5km行くと小見川大橋です。ここを渡ると水郷エリアですが直進します。自転車道はこの先も続いているのですが、怪しいところもあるので東庄まで走った農道の続きのような道に戻ります。この辺では田んぼの真ん中を通ります。5kmほど歩いて国道に戻ります。国道沿いに前方後円墳が唐突にあります。これも前から気になっていたのですが、調べてみるとこの辺はけっこうたくさん遺跡があるようで、珍しくも何ともないようです。その後は狭い歩道を歩きますが、この国道沿いはずっと民家が続き、裏道もありますので、地図アプリと見ながら裏道を行き目的の水郷駅に到着しました。なぜこの駅に来たかったのかは次回に。本日の走行距離は17km。

新しいバイパス

国道わきにいきなり前方後円墳

本日の教訓、色々寄り道するのも楽しい。<累計298km>

③水郷~下総神崎

 さて水郷駅です。自宅から船を置いてある銚子マリーナまで車で行くときのルートはいくつかあるのですが、そのうちのひとつが国道356号線を通るルートです。利根川沿いを河口に向かい佐原の町を過ぎてしばらく行くと右手に成田線水郷駅が現れます。車を停める場所もなさそうなのでいつも素通りするだけなのですが、駅舎がなぜかスイスのチロル風な感じなのです。無人駅のはずなのにサイズ感も結構立派です。で、いつかは水郷駅で降りてじっくり観察してみたいと思っており、今回は千載一遇のチャンスなわけです。前回水郷駅に到着しましたが、電車の時間が迫っていたのでゆっくりとは見れませんでした。今日は走り出す前に観察できます。

 10月19日、またも佐原駅まで車で来て、二駅電車に乗って水郷駅に到着しました。朝日の中で見るとまた一段と白がきれいです。駅の機能としては切符の販売機が1台、無人の改札口、男女兼用トイレがひとつだけのシンプルな作りです。では残りの大部分はというと、どうもレストランのような感じです。ただ営業している風ではありません。Wikipediaではシンプルに地域のコミュニティ施設と書いてありました。そうなんだ、もっと深い謂れとか歴史があるのかと思ったので、すこし拍子抜け。

水郷駅です。駅の機能は右側3mくらいです。

 今日の道のりは少し長めなので、早々に出発します。怖めの国道を佐原方面に進むと香取駅の看板が見えてきます。前回の教訓に倣い、せっかくなので香取神宮に寄り道します。案内に従って線路を渡り、丘に登っていきます。途中、参道入口みたいなバス停がありました。さてはもうすぐだなと思いましたが、ここから山登りの様相です。年寄りなら怒る距離です。駅から2kmほど歩いてやっと参道の鳥居のところに到着。秋の朝の空気が気持ちよいです。改修中なのかネットでおおわれている所も多かったですが、お参りをして佐原市街を目指します。

怖めの国道

香取神宮

 3kmほど走ると市街地に入ります。佐原の町は川越と並び小江戸と呼ばれています。しかし川越ほどの活気が感じられないのはなぜでしょう?静かでよいと言えばそれまでですが、何か足りないような気がします。佐原の街の中心には時代劇に出てくるような岸に柳の植わっている水路が流れており、観光用の小舟が通ります。水路沿いには千葉の誇る偉大な大先輩である伊能忠敬の旧家跡と記念館があります。記念館には一度、時間をかけてじっくり見に来たいと思っています。そもそもこの千葉県一周も伊能先輩に感化されたところも多分にありますし。鰻のにおいにそそられながらも先に進みます。

佐原の街並み

伊能忠敬旧宅跡。

 佐原から先、国道は利根川の堤防沿いに走ります。隣町の神崎まで約10km、歩道はちゃんとあります。民家もコンビニも自販機もありません。信号もありません。真夏ではないものの給水の不安はなきにしもありません。すこし川から離れたところに旧道が走っています。最初は風のむくまま気の向くまま、気楽に始めた千葉県一周ですが、内房狭小トンネルで恐怖を味わってからは、事前の歩道チェックが癖になりました。旧道は一部に歩道のない部分もありますが、それほど危険な場所もなく、ほとんどの区間は安全に歩道を走れますので、こちらを選択。道路わきは、集落、田んぼ、集落、ヤンマー、コンビニ、田んぼ、といった感じでよくある風景です。基本田んぼエリアなのでアップダウンがあまりないのは助かります。

国道の旧道です。こんな感じの道が続きます。

 途中、成田夢牧場という牧場兼キャンプ場に入る交差点を過ぎると、神崎(こうざき)の町です。ここには鍋店(なべだな)という比較的大きな酒蔵があります。千葉の酒というと甲子正宗が有名ですが、ここの「不動」といういう酒もなかなかのものです。純米吟醸がおすすめです。街の少し手前から線路沿いに歩きます。駅前に新しめの店があり、駐車場に車がたくさん停まっています。見ると味噌ラーメンの店のようです。神崎は酒だけでなく発酵の町として売り出していますので、味噌もあるのでしょう。今度食べに来てみましょう。車は佐原に置いてありますので、二駅ほど戻ります。佐原起点も今回までです。本日の走行距離20km。

本日の教訓、道草食うならランよりウォークが良い。<累計318km>

④下総神崎~安食

 銚子から神崎までお世話になったのはJR成田線です。成田から銚子まで利根川沿いに走っています。ただ成田は利根川沿いではなく、だいぶん内陸に入ります。一方、成田線というのはもうひとつあるのです。それは我孫子と成田を利根川沿いに走る線です。つまり、利根川沿いに我孫子から銚子まで線を引いて、成田のところだけグイっと南方向に引っ張った形をしているのが成田線です。どちらも成田起点ですので、要は直通電車がないのです。ですから今回、佐原に車を停めてしまうと、成田まで戻って乗り換えてさらに戻るという大変面倒な事になってしまいます。今回は車を成田駅前のコインパーキングに停めることにします。

成田線はこんな感じです。

 前走から一か月後の11月9日、成田から下総神崎まで電車で移動しスタートです。やっと秋らしい気候になり、空も秋晴れなのですが、心は少し晴れないところがあります。それは今日の行程の途中に、避けようのない危険ポイントがあることを予習で確認してしまったからです。その話は後ほどということで、旧道を少し走り、神崎大橋のところから国道に並行するような堤防下の農道を走ります。風が少し冷たいので、温まるまでランニングウェアだと寒いからです。2kmほどで道の駅に出ます。この道の駅は比較的新しく、広くて清潔なトイレと24時間営業のファミリーマートがあるので、釣りに行くときに重宝している場所です。ちなみに前回紹介した鍋店の不動は販売店限定の酒なのですが、ここの道の駅には全種置いてあります。なお、道の駅の隣は圏央道の神崎ICでして、現在この道の駅をサービスエリア化する工事が行われており、農道が行き止まりになっていて後戻りを余儀なくされました。

酒蔵です。寄りたい気持ちを抑えて走ります。

 ここからはやむなく国道の歩道を走ります。体は温まってきたので風が気持ちいいです。しかし歩道がいただけません。広さは十分なのですが、おそらく誰も通らないせいか草ぼうぼうです。50cmくらいの雑草がアスファルトを突き破って所狭しと生えており、とても走れたものではありません。しかたなく歩きます。すると寒くなってきます。やむを得ず土手上のサイクリング道を走ることにします。風が強くてなかなか進みませんが、寒くはなくなります。サイクリング道は雑草はありません。しかしたまに得体のしれない固まりが登場します。犬の糞を巨大化した感じでドングリの実がいっぱい混じっています。千葉にはクマはいないので、イノシシの糞なのでしょうか?よくわかりませんが、だとしたらこサイクリング道は夜な夜なイノシシのトイレと化すのでしょうか?日中は出没しないことを祈ります。

利根川越しに筑波山を望む

 4kmほど走ると滑川という町です。この土手下に公園と農協の直売所があるのでトイレ休憩です。さてここからしばらく行ったところに問題の場所が現れます。根木名川という利根川に流れ込む川があるのですが、この手前で国道の歩道も土手のサイクリング道も消滅し、橋は国道の車道のみになります。しかもカーブの先だしダンプは通るしで怖いったらありゃしません。車でも通る道なので分かりますが、運転する側も嫌な場所です。こういう場合、迂回して別の橋を渡るという手があるのですが、何と隣の橋まで3km。やむを得ません。せいぜい100mです。車が来ないのを見計らってダッシュです。感覚的には9秒98くらいで渡り切ってサイクリング道に戻ります。何かペースが掴めず、だんだん寒くなってきました。

 常総大橋からサイクリング道を離れます。ここから先、左側にはなんだかお久しぶりの工業団地が現れます。おでんのにおいが香ばしい紀文の工場や冷凍食品の日本食研、よつば牛乳の工場などがありまして、その中というか裏を抜ける道を知っています。寒いのでそちらに向かいます。と、バリケードがあって行き止まり。本日二回目です。今度は何か地権者ともめて通行禁止のようなことが書いてあります。また後戻りです。大きな音が聞こえ、頭上を見上げると快晴の空を背景にボーイング747ジャンボジェットが離陸していきます。そうここは成田空港のA滑走路の北側の進路の下なのです。今日は北風なので、離陸した航空機が頭の上を通過していきます。中でもジャンボの騒音は大きいです。ですから見なくてもすぐに分かります。日本の旅客機から姿を消したジャンボですがいっぱい来ます。貨物機としてはまだまだ需要があるようですね。関係ないですが私、ジャンボのデザインが大好きです。理屈抜きにかっこいいと思います。

ジャンボジェット。

 さてここからどうするか。サイクリング道に戻って寒風の中、前進するか、田んぼの脇の農道を行くか。後者に即決です。なぜなら本日の目的地である安食(あじき)駅に最短距離だからです。農道は当然歩道はなく、国道の抜け道で車は通るのですが、見通しが良いのでそれほど怖くはありません。けれど距離はあります。4kmほど行くと唐突に安食の住宅地に出ます。成田のベッドタウンとして整備されたのでしょうか、きれいな街並みです。ちょうど公園のカエデの木が紅葉しており雲間からの日が当たると、とてもいい感じです。得した気分ですね。住宅地の中心にはとてもとても立派な町役場と公会堂?のような施設があります。印旛郡栄町です、何かバブルの臭いというかイケイケな勢いを感じてしまいます。遊歩道を下がっていくと成田線安食駅に着きます。遊歩道が駅に直結しておらず、少し手前で終わって、田舎の街並みを少し歩きます。ギャップが楽しいです。安食から成田まで電車で戻り、車で帰宅しました。本日の走行距離21km。

カエデがきれいに紅葉しています。

本日の教訓、利根川の土手は北風が寒いぞ。<累計339km>

⑤安食~木下

 11月18日、電車で我孫子駅経由、成田線安食駅まで行きました。今回は安食から木下(きおろし)までの予定ですが、印西市に住んでいたのでこの辺は地図を見なくても道路状況も分かります。ルートは三つ。ひとつは国道356号線の旧道、つぎはバイパス、三つめは土手のサイクリング道です。このエリアの旧道は歩道が全くなくパス。サイクリング道は吹きっさらしで前回寒かったのでパス。消去法でバイパスになります。ただ安食駅からバイパスの入り口までは若干戻る感じで面白くないので、少しだけ旧道を通り、卜杭(ぼっくい)という交差点からバイパスに抜ける道を選びました。途中、踏切を渡ってすぐにくずもち屋さんを発見、いずれ来てみましょう。その後、抜け道に入ると交通量はぐっと減ります。将監川の橋を渡る際にボートハウスが見えます。この辺はブラックバス釣りが盛んで、そのレンタルボート屋さんです。暇そうです。

将監川。よく人が溺れます。多分カッパがいるのでしょう。

 さらに進むと林の中に入り、右手に朽ち果てた観光バスが二台並んでいるのが見えます。ここは知る人ぞ知る鴨料理の店です。基本的にはコース料理のみで、予約が入ると鴨を獲りに行くというワイルドなスタイルです。そして料理は観光バスの中でいただくらしいのですが、冬は寒そうです。それとコース料理にはゲテモノ系も含まれるので、ちょっと二の足を踏んでしまいます。

鴨料理店です。知らないと絶対に分からない場所です。

 じつは今回は最初から歩いてます。秋も深まってきて気温が下がってきたので、走って汗をかくと後が寒いのです。マラソン大会はゴールしたら着替えられますし、自宅周辺のランニングもゴールは自宅ですからすぐに風呂に入れますが、このようなスタイルですとそういうことができません。ベンチコートを持って走るのも邪魔ですし、もうランニングは諦めてウォーキングのみにしました。そうすると、格好も普段着の散歩スタイルでよく、リュックも不要ですので、近所の散歩のような気楽さでスタートできます。

 ちなみに私、50歳を過ぎてから健康のためにマラソンを始めたので、走るのは遅いです。フルは4時間台、ハーフも2時間は切れません。レース時のペースはキロ6分くらいです。この千葉県一周マラソンは速く走るという目的ではないので、だいたいキロ7分30から8分くらいのLSD(ゆっくり長く走る練習)ペースで来ました。ではウォーキングはどのくらいのペースか、というと測ったこともないのでよくわかりませんでした。ということで測ってみたところ、私の場合、元気なうちはゆっくり目に歩くとキロ12分、めちゃ速く歩くとキロ10分、通常はキロ11分15秒という感じのようです。キロ10分の歩きはかなりつらいです。心肺の負担は特にありませんが、特に背筋と股関節に痛みが来ます。キロ8分のジョギングの方が100倍楽です。オリンピックで競歩のレースを見ていると分かりますが、速く歩くというのはどこか不自然なのだと実感します。

 通常ペースで3kmほど歩くとバイパスに出ます。バイパスは歩道完備なので安全です。一カ所だけ用地買収ができていないのか、S字カーブの場所があり、ここだけ歩道がなくなりますが、脇の寺の中を通ると歩道に戻れます。2kmほど行くとセメント工場があり、その先で旧道と合流します。ここからは歩道がなくなりますので、土手の下に降りて住宅地を行きます。小用を催してきましたので公衆便所を探しますが、公園にも見当たりません。この先、コンビニもないのは分かっていますので何とかしたかったのですが、住宅地でたちしょんは難しいので駅まで我慢するしかありません。ちなみにここまで走ってきて、たちしょんは南房総の山の中の一回だけでした。大の方は幸いにも一度も催しませんでした。

 住宅地を過ぎると木下の旧市街に入ります。左手に旧印旛高校、右手に江戸時代から変わらぬ佇まいの柏屋という蕎麦屋があります。この蕎麦屋、建物も風情はあるのですが味も江戸風で濃いめです。先だけちょっとつけて食うのが粋でいなせな江戸っ子スタイルです。木下という町は利根川をさかのぼってきた船が荷を下ろしたところです。ここから木下街道を通って江戸の町に北国の物資を運んでいましたので、昔は相当栄えていたようです。しかし物流が鉄道や自動車輸送にとってかわられ、利根川の海運が廃れるにつれ木下の町も寂しくなっていき、さらに千葉ニュータウンの造成で中心地がニュータウン地区に移行してしまい、まあ銚子状態と言いましょうか、そんな感じがします。本日の歩行距離11km。

江戸時代からある蕎麦屋さん。

本日の教訓、冬場に歩くときは血圧の薬はやめた方が良いかも。<累計350km>

⑥木下~天王台

 11月29日、木下駅前に車を停めウォーク開始です。今日も走る気皆無です。今日もルートは三つの選択肢があります。ひとつは利根川土手のサイクリング道、もうひとつは国道356号線、三つめはバイパスで手賀沼の北岸を通るルート。他に利根水郷ラインというのもありますが、歩道がないので最初から除外。サイクリング道は風が強いし、バイパスは途中から手賀沼ハーフマラソンのコースと重なり、何度も走っているのでパス。ということで消去法で国道になりました。

 木下から布佐(ふさ、しかし利根川沿いに入ってから急にフリガナが必要な地名が増えたのは何故だろう)に向けて歩いていくと左手に団子屋さんがあります。以前、印西に住んでいた時の記憶で寄ってみましたが、閉店していました。残念ですが仕方ない。歩を進めます。国道は布佐からは坂を上り、成田線と平行して丘陵地帯の上を行きます。基本的には歩道があり、さほどアップダウンもなく、歩きやすいと言えば歩きやすいですし、退屈と言えば退屈な道です。後日まとめて書く予定ですが、歩道にはいくつかのタイプがあります。走りやすい(歩きやすい)タイプ、まあまあのタイプ、めちゃ走りにくいタイプ、色々あります。走りやすさには3つの要素があると思っています。①広さ(幅)、②段差(アップダウン)、③傾斜(アンジュレーション)です。この日の国道には両極端なのがありましたので、写真で紹介しておきます。

走りにくい歩道

走りやすい歩道

 そういえば前回書き忘れました。前回の出発点、安食駅に行くのに我孫子から成田線で行きました。その時、当然、布佐駅にも停車したのですが、反対の上りホームを見るとはなしに見たら、ここはインドか?と思うくらい(多分)インド系の風貌の若者だらけなのです。以前、秋葉原に勤めていたことがありますので、春節時期の中国人だらけとか、冬でも半そで欧米人だらけどいうのは経験がありますが、インド人だらけというのは初めての経験です。インド系の学校でもあるのかな?と思ったのを思い出しました。今日もインド人だらけでした。というどうでもよいことを思い出すほど退屈です。

 しばらく行くと右手に気象台跡公園なる場所が現れます。気象台の痕跡はありませんが、カエデの紅葉はきれいでした。さて今回、手賀沼沿いのバイパスを選ばなかったのはマラソン大会で走ったことがあるということとは別の理由もあります。それはこの先で茨城県が攻めてきている場所があり、そこに寄りたかったのです。千葉と茨城の県境は基本的には利根川なのですが、佐原のあたりは利根川のだいぶん向こうまで千葉県が浸食しています。逆に我孫子付近には茨城県利根川を乗り越えて入り込んでいる所があります。どちらも利根川の流れが変わってしまったから起こったことが原因です。で、その昔の利根川の名残が古利根沼という名前で残っています。そこに寄り道するには、国道かサイクリング道が都合がよかったのです。

 湖北という駅を過ぎたあたりで右手の閑静な住宅地の中の道を下っていきます。歩きにくい歩道です。坂を下り切ったところに古利根沼の案内があり、細い道を入っていくとすぐに沼に出ます。2~3人の釣り師がヘラブナ釣りをやっていますが、他に人はいません。対岸の茨城県に一軒建物が見えますが、他に人工物は見えません。水面は穏やかで、とても住宅地から100mしか離れていないとは思えない静けさです。やるな茨城県。住宅地に戻るのはもったいないので、田んぼと畑の間を流れる水路沿いに進みます。突然、水路からカワセミが飛び立ちました。美しいですね。他にも鴨や鵜、たくさんの鳥がいます。鳥と言えば、千葉県一周中に3回くらいカラスと鳶の空中戦を見ました。すべて優勢なのはカラスでした。3回のうちの1回は小さかったので鳶ではなく鷹だったかもしれません。それにしてもカラスは強いです。

古利根沼です。ロケーションからは考えられないほど静謐です。

利根川のこっち側の茨城県領より、土手越しに取手の町と筑波山を望む。

 用水路脇の道が途切れて広めの道に出ます。右側にはこじゃれたレストラン、その先はNECの工場、左手には女子大。どちらも守衛がにらみを利かせています。こういう時はランナー姿の方が怪しまれずに済みそうですね。その先、常磐線のガードをくぐると天王台の住宅地です。線路に沿って坂を上がっていくと天王台駅に着きます。本来はここで終わりなのですが、今日は木下駅に車を置いてあります。そしてここは常磐線の駅なので、木下には行きません。駅の反対側に出て1kmほどのところにある成田線東我孫子駅まで歩きます。妙にシンプルな無人駅です。なんたって屋根も駅舎も階段もありません。とにかく電車に乗って、木下駅に向かいました。途中、布佐駅でインド人を見たのは言うまでもありません。本日の歩行距離14km。

東我孫子駅。シンプル!

本日の教訓、鳥を見るのもまたよし。<累計364km>

⑦天王台~柏たなか

 年末も押し迫ってきた12月10日、電車で天王台駅に。今日のコースは今までで一番悩ましいコースになります。地図を見てもなんだか道が良く分からないのです。土手のサイクリング道は途中で途切れそうな気がするし、国道6号線を渡った先は一面、田んぼで真ん中に一本道路が走っていますが、抜け道になっているようで交通量はかなりのものなのに、路側帯すらなさそうです。田んぼの西側は丘になっていて電力研究所や中央学院大学のキャンパスがあるのですが、周辺の道路がどうにもつながっていない。確実なのは北柏まで6号線を西進し県道7号を行くパターンのような気がしますが、ずいぶん迂回のようで気が進みません。行けるところまでサイクリング道を行って、途切れたらその時考えよう、とポジティブシンキングで天王台駅を後に。

天王台駅周辺の住宅地

 この辺は整備された住宅地ですが、立っている家がみんな古い。昔からのベッドタウンなんでしょうね。家とともに住民も年を取り、高齢者ばかりになってしまっているのかもしれません。そんなことを考えながら国道6号線を渡ります。そこから一度田んぼの道に続く道路を下がりますが、すでに危ない。路側帯すらなく、歩行者を拒みます。降り切ったところが田んぼバイパスの始点になるのですが、大型車が入らないようにポールが立っていて、小型車一台しか通れません。そこに両方向から自動車が来ますので、渋滞します。通勤の車がほとんどのようで、勝手知ったる何とかで、うまいこと譲り合いながら通ります。しかしこんな所で車が滞留するのは、どこか道路行政が狂っていないですか?いずれにせよこの道は危ないので、土手の方向に向かいます。

画面中央から右に伸びているのが田んぼの中の抜け道

 土手に上がる手前に一本水路が走っており、横に未舗装の道が並行しています。これを行くことにしました。車は走らないのでそんなに轍もきつくなく歩きやすいです。しかし未舗装道路は歩行スピードが落ちるものですね。キロ11分15秒のつもりで歩いているのですが、12分近くかかります。3kmほど歩きましたか、突然道がなくなりました。いや、正確に言うとあるのですが草刈りをしていないので、枯れ草が行く手に立ちふさがるのです。しまった、さっきの橋で反対側に渡っておくんだった。とはいえ後の祭りです。渡ったからといって道があったとは限りませんし。やむなく左に曲がり農耕車道って感じの道を、抜け道道路方面に向かいます。もしやという期待もあったのですが、やはり抜け道に歩道は登場しておりませんでした。

こんな道を歩きます

 しかたなく道路を横切り、その先の用水路まで行きます。ここにも水路沿いの未舗装路がありますので、そこを行きます。何か左手に土手があります。この土手のおかげで、中央学院大学のキャンパスあたりは道がおかしな具合になっていたんだと悟りました。でもなんでここに土手があるのでしょう?利根川の土手はさっきまで右手にありました。右の土手と左の土手の間隔は1kmはありそうです。こんなに広い河川敷??調べればわかるのでしょうが、この左の土手が昔の利根川の土手で、茨城県越境部分と同様に利根川の流れが変わってしまったと考えるのが普通でしょう。つまり今いる部分は昔の川、あるいは河川敷ということ。どうりで田んぼだらけで、民家は一軒もありません。土手の向こうに民家はあるのでしょう。

 用水路沿いの道も怪しくなってきたので、土手の上に上がります。やっぱり向こう側に民家はありました。田んぼもあります。しばらく土手を行ってから反対側に降ります。田んぼの向こうに公園のようなものが見えます。トイレ休憩を考えましたが、ちょっと離れているのでスルー。するとヘリポートが唐突に現れます。こんな田舎に、と思いましたが、こんな田舎だから迷惑にならないのでしょう。会社なのか、趣味の団体なのか分かりませんが、少なくともトイレや自販機はなさそうです。そして隣は、キャンプ場のようです。夏は賑わうのでしょうか?少なくとも今は閑古鳥です。

ヘリポートです

 しばらく行くと県道の下をくぐります。この道で行けるはずなのですが、いつの間にか土手の法面になってしまいました。草は刈ってあるので歩けなくはないです。でもすごく歩きにくいです。土手の上に上がりました。しばらく土手の上の道を進むと西側の丘陵部と合体します。柏市の斎場がありました。利根川沿いって、斎場が多い気がします。人里離れた場所というと、自然にそうなってしまうのでしょうか?斎場の前だけ道路は良いのですが、すぐに狭くなります。土手からも離れていくので、再び土手下の道に戻ります。もうこの辺、地図が全くあてになりません。

道がなくなりただの斜面に。

 土手の道も途切れたので、土手の河川敷側に下ります。水路脇の道路は工事で通行止めです。右往左往です。みたび土手に上ります。左に自衛隊の施設が現れます。土手の道は自衛隊の敷地に沿って行けそうなのですが、だんだん怪しくなります。こんなところをうろついていたら、職質間違いなしです。場合によっては銃殺です。やむなく、また土手斜面を斜滑降です。迂回をして土手に戻って、反対側に出ました。いきなり住宅街です。土手を越えて河川敷側に流入する車が結構多いです。どうもこの辺から例の田んぼの中の抜け道に入るようです。交通量のわりに歩道はなく、ブラインドカーブがあったりでちょっと危ないです。道路に「ふるさと散歩道」という立札がありました。どこがじゃ。住宅地の先には高層マンションが何棟か建っており駅のベンチマークです。そちらに歩いていくと新しくて立派な新築マンションに囲まれるようにつくばエキスプレス柏たなか駅があります。今日はここまで。迷走に次ぐ迷走で14kmでしたが、疲れました。

かしわたなか駅前

本日の教訓、地図アプリは信用ならん。<累計378km>

柏たなか~七光台

 この千葉県一周マラソン船橋をスタートしたのが2019年です。足かけ5年で400km弱を走った(歩いた)わけですが、その70%はこの一年間の距離です。いろいろあってこんなに掛かってしまいました。去年からスタートしていれば2年は掛からずに走破できたでしょうけど、とにかくよくここまで来たなという感じです。というわけで電車で12月21日、柏たなか駅に来ました。自宅からは東武野田線流山おおたかの森駅乗り換えです。野田線の駅はみんな垢ぬけない中、流山おおたかの森駅つくばエキスプレスの駅でもありおしゃれです。つくばエキスプレスは、次の柏の葉キャンパス駅も高層マンション群にららぽーとまであっておしゃれです。その次の柏たなか駅はというと、それほどではありません。駅前に高そうなマンションは建ってますが商業施設が皆無です。そのうちできるのかなあ?でも3駅続けてというほど、購買キャパシティはないよなあ。ま、関係ないかということでさっそくスタート。

柏たなか駅から柏の葉キャンパス駅方面を望む

 駅前の大きな病院の横を抜けると県道7号線に出ます。地図上ではほとんど歩道完備なはずなので、安心して北上します。すぐに常磐自動車道の上を渡り、しばらく行くと運河を渡ります。その昔、銚子から利根川を遡上してきた船の一部は木下から陸路輸送したのでしょうが、そのまま水路で江戸に向かう船もいて、利根川と江戸川の分岐点である関宿まで行くのは無駄なので、ここに運河を掘って江戸川に抜けられるようにした遺構です。今も水はちょろちょろ流れていますが、ボートすら航行は不可能です。ボート乗りからすると、一言で言って「もったいない」です。何か活用するすべがあると思うのですが。そしてこの運河の土手を入っていく車がたくさんいます。これも例の抜け道につながっているのかな?

県道7号線

下は運河です

 そのまま道路の右側の歩道を行くと、歩道がなくなってしまいました。反対側に渡らなければいけないのを忘れてました。道は交通量が多く、トラック街道になっているようでひっきりなしに大型車が通りますので、信号以外で渡るのはちょっと怖いです。内房編で鍛えたダッシュで乗り切ります。次の信号で反対側に渡り7号線を歩きます。右手にゴルフ場のホテルが現れます。若いころ、製造委託先の工場と自宅の行き来のため前を車で通りすぎていたのを思い出します。この辺はすでに野田市に入っており周りはゴルフ場だらけなのです。しばらく行くと7号線は右に曲がり、利根川に近づいて行きます。しかしその左側はゴルフ場がいくつかブロックしており、本日の目的地の七光台あたりに出にくいのです。よって、7号線を行かず別の県道で国道16号に出ることにします。

国道16号線・・・車はいっぱい、人は皆無

 4年前に南下した16号と久々の再開です。左側の歩道を歩きます。ロードサイド店舗がたくさんあるのに歩道を利用する歩行者にほとんど出会いません。基本、車社会のエリアです。16号を3kmほど北上し、狭い道を地図を頼りに左に入り七光台駅を目指します。この七光台とか隣の清水公園とか、東武鉄道が気合いを入れて開発している住宅地のはずなのですが、こんな農道みたいな道で合ってるのか不安になります。とうとうそのまま野田線の踏切を渡ったら七光台の駅でした。こちら側は住宅があります。本日の歩行距離は15km。

七光台駅柏たなか駅とはずいぶん趣が違うなあ。

 利根川編と言いながら、利根川からは少し離れてしまいました。このあたり、利根川にサイクリング道はあるのですが、いかんせん公共交通手段がありません。鉄道の駅は遠いし、バス便も非常に少ないです。次回はやむなく、江戸川沿いを北上し、関宿まで行こうと思いますので、利根川編はここまで。

本日の教訓、この辺、思ったより田舎。<393km>

次は最終回の江戸川編に続く。

 

千葉県一周(九十九里編)

①上総一ノ宮~片貝

 前走から一週間後の6月1日、九十九里編スタートです。外房編の最後に触れたように、この先は選択肢がふたつあります。ひとつは国道128号線を行くパターン。とにかく銚子までJRに沿って行きますので、今日はどこまで行くとか全然考えずに走れるメリットがあります。一方、外房の山あり海あり漁村ありの変化に富んだコースから一変して退屈になってしまった御宿~大原間の雰囲気がずっと続くのかと思うと、かなり腰が引けてしまいます。海沿いを行くパターンも変化は乏しいと言えば乏しいのですが、ずっと海を見て走れます。反面、鉄道から10km以上離れて進むので、行き帰りをどうしようか考えないといけません。

 とまあ悩んだふりをしていますが、本音はずっと決まっていて、海沿いコースなんです。どうやっていくか?を1週間考えたわけです。このマラソンも最初のうちは一回10km弱をずっと走っていました。しかし外房編では交通費も馬鹿にならないので、一回の距離を延ばす一方で、走ったり歩いたりにスタイルを変えました。それでも20kmが限界です。昔はフルマラソンを完走してたじゃないか、と言われても今は無理です。一日20kmとすると、鉄道の駅と海岸線の往復だけで20km。つまり一歩も前に進みません。したがって、バスをいかに活用するかにかかっています。

 一宮から九十九里を北上すると、すぐに白子の町があります。白子と言えば昔はテニス天国で、テニス部の合宿と言えばほぼここでした。サーフィンと一緒で今では高齢者のスポーツと化してますが・・・。とにかく白子や中里海岸のあたりから大網白里駅や茂原駅に出る路線バスはあるみたいです。ただ近すぎるなあと思ってネットを調べるとその先の片貝から千葉駅に直行する高速バスがあるではありませんか。これは使える。ただその次も考えておかないといけません。その先で目星をつけたのが蓮沼海岸です。ここは蓮沼ウォーターガーデンがあるので、少なくとも夏の間はバスがあるはずです。ここでも意外な発見、成田空港から蓮沼海岸までの路線バスがあるのです。片貝からの距離は少し物足りないですが、その先はとても路線バスが走るようなところではなくなりますし、さらにその次をJRの旭駅を目標に設定すると20kmほどでちょうどいい感じにつながります。とは言え、バスもそんなに本数があるわけではないので時間に制約のあるラン&ウォークになりますが、海岸コースに決定です。

 上総一ノ宮駅から例の田んぼの中のメインストリートを海岸に向かい、新浜通りを前回の続きで北上します。しかしすぐに終わってしまいサーフショップの並ぶ県道に戻ります。店もまばらになってきて橋を渡ると、その先で九十九里有料道路方面と分岐します。しかしそちらの道に歩道はなさそうなので、橋を渡ってすぐに川に沿った遊歩道へ右折します。堤防の上を走る感じです。自転車で来た東南アジア系の少年がスマホをいじっていたり、堤防に鉄パイプでやぐらを作って、そこから投網を投げている人がいます。サーフィンから移住者の町へとは様相が変わりますが、海を見ながら走れるのは格別です。

 すぐに歩道橋が現れ、渡ると九十九里有料道路の側道のような道を行きます。それもすぐに終わって、右も左も池みたいな道を行くと、住宅地に入ります。風がないので蒸し暑いです。さらに行くと右側に川、その向こうに有料道路という形になります。途中、日本国内とは思えない壊れかけた橋があったりして、結構ワイルドな感じの道です。一応車道ですが車は通らないので安心して走れます。しかし3kmほどで県道に合流してしまいました。

この橋、渡るなとか注意しろとか一切書いてないのが怖い。

 県道は歩道も走りやすく、白子の町に入ると周辺の景観も一宮とは全然違って変化があってよいです。テニスと温泉で栄えた街ですので、合宿で使うような中小規模のホテルが軒を並べています。ただどれも老朽化していてちょっと残念な感じは否めません。そしてここからは駅に出るバス便もあるので、もし何かあっても安心ではあります。3kmほど行くと有料道路の出入り口が現れます。その先は川なので橋を渡らないといけません。どうも県道には歩道がないようです。逆に有料道路に側道風の歩行者用の道があるようですが、入り方が良く分かりません。結局、県道よりさらに上流側の橋を渡り、対岸で県道に戻る羽目になりました。

白子の町です。ホテルはみんな古いです。

 その後も県道を走ります。この県道30号線は別名九十九里ビーチラインといい、九十九里浜に沿って一宮から飯岡まで延々と続きますが、海側にかさ上げされた有料道路が走るので、海は全く見えません。優良誤認です。また途中、「密漁船」のような名前の海鮮料理店の看板を見ます。裏社会です。県道の左側を走りますが、道に沿って小川と言うか用水路と言うか、下水溝と言うか、幅2mほどの水路が続きます。この水が汚い。水そのものは透明なのですが、何か白くて細かいゴミのようなものが大量に流れています。ちなみに日本のボートのトイレは垂流し式がほとんどです。海水は周囲にふんだんにあるので、これを吸い上げ汚物とともに排出します。もっとも家庭と違いパイプが細いので、マセレーターというもので粉砕して排出します。トイレの見た目は普通の水洗トイレですが、船外にいる人からは「おー出た出た」と丸わかりです。で、この白いゴミが粉砕されたトイレットペーパーにそっくり・・・どうでもよい話でした。道の反対側には干物工場が増えてきたのでその影響でしょうか?よく分かりません。ただメダカのような小魚が群れで泳いでいるので、有害物質ではなさそうです。

 そんなこんなで風も強くなってきて、この辺からは歩きです。6kmほど行くと有料道路の下をくぐりサンライズホテルの前に出ます。ここは国民宿舎で、安くて食べ物が旨いと有名なホテルです。じつはここから千葉駅行きの高速バスも出ているので、選択肢のひとつだったのですが、待ち時間が長くなるので、もう少し先を目指します。道は広く歩道もめちゃ広いです。2kmほど歩いて、海岸入り口の交差点を左に曲がって市街地に入っていきます。道は急に狭くなり、さらに一方通行の小道を右に曲がるとそこに片貝駅という小湊鉄道バスの営業所があります。営業所と言っても小屋のようなものですが、なぜバス停なのに駅?と疑問に思い発車時刻まで30分あるので、小屋の前のベンチに座りインターネットで調べました。するとここは実は昔は本当に鉄道の駅だったということが分かりました。明治時代に小湊鉄道東金駅から片貝駅まで鉄道事業を行っていたそうです。イワシなどの海産物を運んでいたのでしょうかね。

片貝駅という名のバス停。

 そんなことをしていると、小屋から若い運転手が出てきて、前に止まっているバスのエンジンをかけ、乗せてくれました。エアコンが効くまで少しかかりましたが、ありがたかったです。このバスは立派な観光バスの車体を使って、千葉駅まで行きます。高速に乗るまでに東金の新興住宅地を通っていくようです。朝晩は通勤用なのかもしれませんが、日中は需要はないらしく乗客は千葉駅までで3人でした。私以外のひとりは、途中から乗ってすぐに降りたおばあさん。どうも運転手とは顔見知りらしく、今日はヘルパ-さんが来ないのでバスに乗って買い物だと話しています。降りるバス停では、「暑いのに仕事大変だから。」「小遣いにしなさい」とお釣りの受け取りを拒否し、運転手を困らせていました。古きよき日本です。本日の走行距離19km。

P.S. 今回から走行記録をスマホのアプリにしました。いろいろ迷いましたが、Adidasの無料アプリを入れました。脈拍は取れませんが、字が大きくて操作しやすいので満足しています。したがって今回からは距離は正確です。

本日の教訓、海沿いの道は案外海が見えない。<累計210km>

②片貝~蓮沼

 ちょっと間が空いた6月22日に千葉駅から高速バスに乗って片貝海岸に向かいました。ここからしばらくは、県道を走ります。しかし地図上歩道のない区間が結構あります。2kmくらいで小さな橋を渡ります。その後すぐに川沿いの細い道があり、これが産業道路につながります。ここには以前に何回か来たことがあります。家内が馬が好きなので、この通り沿いにある乗馬クラブにビジターでたまに来るのです。ここはウェスタン式のクラブで、細かいこと抜きにすぐに馬場の外まで出させてくれます。と言っても公道に出るわけでなく、クラブの裏がすぐ九十九里の砂浜なので、そこで思う存分乗れるのです。その割にはお値段がリーズナブルなため、私も何度かお付き合いしたことがありますが、体重のせいか馬がよい顔をしてくれません。特にここで私にあてがわれるサクラという馬は、速歩すら拒否します。ここに来る際は私はカメラマンに徹します。

乗馬クラブの前を通過。

 ということで、この道が産業道路とは名ばかりでこれといった産業があるわけなく、その割には歩道がしっかりしているということを知っていましたので、迷わず県道からこちらへ移動です。両サイドはほぼ空き地のまっすぐな道路です。5kmほど気持ちよく走ると行き止まります。しかたなく県道に戻り橋を渡りますが、すぐに一本海岸寄りの道に行くと、正真正銘の産業道路風が現れます。片側2車線中央分離帯付きの立派な道路に車はほとんど通っていません。そしてこの道が蓮沼ウォーターガーデンの前の道になるのですが、地図で見る限り乗馬クラブの前の道とまだつながっていないだけで同じ計画の道のように思います。こちらは夏場は海水浴客で交通量がそれなりにあるので先に立派にしたのでしょう。

蓮沼ウォーターガーデン。

 ウォーターガーデンは蓮沼海浜公園という5kmほどの細長い公園の一部にあります。右手に公園を見ながら進むとプールが見えてきます。この日はオープン前で、夏季アルバイトの研修のようなことをやっていました。プールに飛び込むにはまだちょっと早いくらいの気温です。さてプールの先に小さなホテル兼レストランがあり、ここから成田空港に向かうバスがあることを知っています。時間もきっちり合わせてきました。しかし、ホテルの前のバス停に行ってみると「バスの実証実験は終了しました」との張り紙が。ネットで確認してきたはずが、やっぱり現地に来ないと分からないことがあるものだと落胆しました。ではバス停はなぜあるかと言うと、他のバスはあるからです。時刻表を見ると、1時間後に総武本線松尾駅経由成東駅行きのコミュニティーバスがあります。これしか選択肢はないようです。

バス停の張り紙。

 オフシーズンなのでホテルのレストランもやっていません。海を見に海岸線に行ったり、階段で日和ったりして時間をつぶしました。今日は距離が短いので、本来ならもっと先に行きたいのですが、バスがないんじゃ仕方ありません。コミュニティバスはミニバスでした。自家用車による移動ができない人向けの半公営の公共交通手段ですから、狭い集落の中を右に左に曲がっていくためにはこんなサイズが都合が良いのでしょう。料金も200円と格安です。ただ乗客は思いのほかいましたね。座れないほどということはなかったですが、それなりに乗ってきたり降りて行ったりしました。で結局、終点の成東駅まで行き電車で帰りました。家に帰ってもう一度、ネットで確認してみると、今でも成田空港から蓮沼行のバスがあります。おかしいと思って、よくよく見たら蓮沼のバス停の位置が違っていました。ホテルの前ではなく、産業道路沿いのもう少し先にあったようです。しかしおかげでコミュニティバスにも乗れて無事帰宅できたのでよしとします。本日の走行距離11km。

本日の教訓、何事もポジティブシンキング。<累計221km>

③蓮沼~旭

 というわけで、納得がいかず前回帰宅後にネットでバスの路線を調べたわけです。そうしたら、やっぱりちゃんと走っている。成田空港から蓮沼まで。しかも1時間におよそ1本。何を勘違いしてしまったかと言うと、松尾駅から蓮沼まで「空港道路」を使って運行するバスの実証実験、というのを空港から蓮沼までと勘違いし、てっきりこの路線は実証実験路線だと思い込んでいたところへ、バス停で実証実験終了の文字を見て、成田空港から蓮沼までのバスがなくなってしまったと勘違いし、バス停が他にないか調べるということを怠ってしまったわけです。バカですね。

 7月2日、自宅から成田空港に向けてスカイアクセス線でGOです。ちょうどいいタイミングでスカイライナーが来ましたが、節約節約、そのあとのアクセス特急に乗ります。特急料金なしでも十分高いです。この電車、途中駅までは通勤電車でもありますので、キャリーケース転がしたツーリストとネクタイ締めたサラリーマンの間で、ランニングスタイルは結構浮きます。空港第2ターミナル駅では、さらに浮きます。気にせずエスカレーターを上がり出発階にある13番バス乗り場で待ちます。するとやってきたのは普通の路線バス。てっきり片貝~千葉間のような観光バスが来るのかと思ってました。とはいえそんなに混むわけでなく、数人の客を乗せて出発しました。路線バスですからバス停はいっぱいあります。乗る人、降りる人いますが、終点まで行ったのは私だけでした。1時間くらい乗って、プール前の広い道にあるバス停で降ろされました。じつはこのバス、もう一駅先の海水浴場が終点なのですが、前回の終点がここなので仕方ありません、降ります。

成田空港のバス停。閑散としています。

 前置きが長くなりました。広い歩道を走り始めます。右手の公園にグランドゴルフ場があり、結構にぎわっています。最近多いですね。平日のせいかプレーヤーはご高齢の方がほとんど。ゲートボールから転向される方もいるのでしょうか?サーフィン、テニスと同様、元気なのは年寄りばかり、若い人はどこにいるの?そういう私も元気な年寄りなのですが、やはり7月になるとさすがに暑いです。並木の影を選んで走ります。さて走りやすいこの道路ですが、小さな川にぶつかるたびに並行する県道30号に吸収されます。県道はこのあたり、歩道は皆無ですので、橋を渡ったらすかさず曲がって一本海側の道を進みます。この道、ぶつ切れなのですが交通量は少ないし歩道もあるので快適です。ただ、途中で途切れて集落の中に迷い込むことも多々ありますので要注意。右往左往しつつ、やむを得ぬところは歩道なし県道を走ります。

立派なパークゴルフ場です。

 10kmほど行くと少し広めの川を渡ります。この橋の手前が怖かった。道はまっすぐなのですが、両サイドが空き地でススキのような雑草が盛大に車道に張り出しています。やむなく路側帯ではない車道そのものを走ります。大型車はよけてくれますが、怖いですよね。地元の人は歩かないのでしょうか?橋を渡りきると、右手に自転車専用道路の入り口が現れます。自転車のための県道です。歩行者もよいはずなので、怖い県道30号にサヨナラして自転車道を行きます。おー、するとどうでしょう!海っぺりの護岸堤防の上を走ってます。

自転車専用なのに県道です。

 九十九里に入ってもう30km以上走っていますが、全然海を見ていませんでした。右手のすぐ下で、波がざぶんざぶんと護岸を洗っています。前方を見ればはるか彼方に飯岡の岬らしきものが見えます。やっぱり千葉のランニングはこうでなくちゃ。元気がモリモリわいてきます。暑さも気になりません。ただこのコンクリート製の護岸と言うのはちょっと味気ないですね。九十九里浜の砂というのはその北にある屛風ヶ浦の絶壁を波が洗って細かく砕き、それが流れついて堆積してできたと言われています。ところが屛風ヶ浦の浸食防止のためにテトラを入れたら、砂の供給が途絶え、九十九里浜の砂浜がどんどん縮小してしまっているらしいのです。砂の流出防止のためにT字型の突堤を1km間隔くらいで入れており、これがまた離岸流を生んで事故が起こったりしています。今日は波が結構高いので、突堤の周囲ではサーファーが何人か海に出ていました。南風なので素人目にもあまり良い波に見えません。

こんな感じで海っぺりを行きます。

 しばらく行くとこの界隈では唯一の高い(といっても10階建てくらい)建物が見えてきます。亀の井ホテルといいます。少し前までは簡保の宿でした。すこしずつそのランドマークが近づいては来るのですが、結構遠いです。自転車道に入って5kmほどで矢指が浦というところに着きます。このままずっと行くと飯岡の岬に着くのですが、そこまで行くと駅から大幅に離れてしまいます。矢指が浦から海岸を離れ、旭駅に向かいます。ところでこの地名「やさしがうら」と読みます。なんとなく好きな地名です。駅に向かう道は上総一ノ宮の駅に向かう道とよく似ています。田んぼの中を通る、きちんと歩道の整備された道です。ただ今日はかなり距離を稼いだのと、海でテンション上がって後半も走ってしまったので足ががたがたです。駅は見えませんが、旭中央病院という巨大な病院が今度はランドマークになります。この道は最終的には病院に向かってしまうので、途中から市街地に入って狭い道の側溝のふたの上をつまずきながら歩き、急に道が立派になったと思ったら旭駅に到着です。本日の走行距離23km。たくさんマイナスイオンを浴びました。

やさし橋とサギ

本日の教訓、海が見えても冷静に。<累計244km>

④旭~銚子

 前走から半月後の7月15日、銚子に船を置いていてこの辺は勝手知ったるですので、車でやってきました。旭駅前のコインパーキングに停めます。駅から少し走り旭中央病院の前に着くと道が新しく立派になります。病院の裏手はさらに広い道になり、この道を銚子方面に向かいます。この道は将来的に銚子連絡道というバイパス道路になる道です。圏央道の松尾横芝ICから先、八日市場のあたりまで銚子連絡道ができていますが、その先は未完成で、なぜかこの旭から飯岡漁港間5kmほどが先行してずいぶん前に完成しています。片側2車線中央分離帯付きの千葉県らしからぬ広い道です。もっと早く銚子連絡道が全線開通していれば銚子もこんなにさびれなくて済んだのではと常々思います。高速道路がつながらないと、モータリゼーションの波から取り残され、どんどん過疎化していきます。銚子の話は、もう少し走ってからにしましょう。

旭中央病院、亀田病院と並ぶ地域医療の中核です。

 さてこのバイパス、立派な歩道があるのですが、両サイドが基本空き地なものですから雑草や木の根っこが歩道の下に入り込んできて、アスファルトを割って地上に芽を出したりしています。ど根性何とかというやつです。歩道が広いので雑草で走れないということはそれほどないのですが、アスファルトが割れてデコボコで走りにくいのと、芽が成長して草原状態になっていたりして靴下に種のようなものが付着し、それがシューズの中に入ってきて困ったものです。空き家がどんどん荒れていくのと同じように、歩道も人が歩かないと荒んでいくのでしょう。3kmほど行くと左に大黒屋という焼肉屋さんがあります。牧場直営なので安くてうまいです。ただ残念なことに営業時間は夕方だけですので通過。その先には、飯岡助五郎の墓という看板が現れます。天宝水滸伝てやつですね。この話はこの後、笹川を通過するときにしましょう。

飯岡助五郎の墓の案内板。

 バイパスは飯岡漁港入り口で終わり、ここからは国道126号の旧道です。歩道のある部分がほとんどなので、走って怖いことはないのですが、アップダウンがきつい。50mほどのアップダウンを何度も繰り返します。そうこの辺は海岸線から離れ、ちょっと山の中なのです。無理はしません、歩きます。途中、銚子方面からのランナーにすれ違いました。木更津~君津間で抜かれて以来のランナー遭遇でした。6kmほど行くと急に街になります。右手に大きなイオン、家電量販店やドラッグストア、マクドナルドなどお約束の大規模ロードサイド店舗が現れます。ここから銚子駅まではまだ5kmほどありますが、町の中心は完全にこちらに移動してしまいました。

右手の山の上が展望台になっており、東日本大震災の時はここから撮った津波の映像が全国に流れました。

 繁華街を過ぎると、住宅地の中をゆっくり下って旧市街に向かいます。本来ならイオンの交差点を右折し、銚子ドーバーライン犬吠埼に向かうのでしょうが、昔は有料道路だった関係で歩道がないのでパスです。さらにその先の犬吠埼周辺は銚子さんまマラソンで走行済ですので省略です。そういえばイオンを過ぎたあたりから雲行きが怪しくなってきて、急激に気温も下がってきました。夕立で足止めは困るので、下りをいかしてスピードアップします。女子高生の一団を華麗に抜き去ります。下りきったところから、市街地に入って駅を目指します。鰻屋さんのいい匂いがします。その先でとうとう本降りになってきてしまいました。ローソンの軒先で雨宿りさせてもらいます。女子高生が傘をさして通過していきます。若干小降りになったのを見計らって走り出します。女子高生を抜きます。2回目です。ちょっと恥ずかしいです。踏切を渡って駅に着いた時にはずぶぬれでした。

 銚子駅は誰でもピアノがあったりして、新しいしゃれた駅舎です。特急の発車時間に近いので、待合室も人がいっぱいです。しかし実は銚子市の財政は最悪な状態なのです。夕張市並みとまで言われています。ヤマサ、ヒゲタの醤油工場があり、水揚げ高ではいつも全国トップ争いをする銚子漁港があるのに何で?

銚子マリーナから見る夕日。今回は通過したので参考写真です。

 マリーナの利用者からすると、日本離れした広大な空き地に囲まれ目いっぱいゆとりのあるマリンライフを送らせてもらってありがたいのですが、住んでる人は大変ですよね。それもこれも都心から車で3時間の距離のせいだと思うのです。銚子連絡道の全線開通が手遅れにならないことを祈らずにおれません。というわけで、濡れた体を震わせながら冷房の効いた特急で旭駅まで行き、着替えて車で帰宅しました。これで九十九里編は完了、次回からは利根川を西進していきます。本日の走行距離20km。

なぜか特急の色が成田エキスプレス色に。

本日の教訓、雨降りそうなときは車に限る。<累計264km>

利根川編に続く。

千葉県一周(外房編)

①九重~鴨川

 前回は2年ぶりのマラソンでした。今回はあまり間隔を空けず2023年5月6日に九重駅から外房編をスタートします。個人的に東京湾側を内房、太平洋側を外房と呼んでおりますが、JRの定義はそうではなく、本日の目的地である安房鴨川までを内房線と呼ぶそうです。そんなことはどうでもよいですが、遠路はるばるやってきましたので、コスパとタイパを考え、しっかり20km走りますよ。

 さて、ここからはふたつの選択肢があります。ひとつはJR線に沿って県道を千倉経由、フラワーラインで行く方法。もう一つは国道128号線でショートカットする方法。千倉経由のコースは歩道のないところが多いのと、ショートカットでも20kmあるので国道にしました。内房編を経験する前と違い、歩道の有無には敏感になっており、事前に地図アプリでチェックしコースを決めるようになりました。本来の、目的地も経路も決めず勝手きままにという主旨からは外れますが、身の危険には代えられません。地図アプリはずっとグーグルマップを使うことが多かったですが、歩道の有無を確認するためにはストリートビューを起動して経路をトレースする必要があり、面倒くさいし、実際に走った時の既視感が嫌なので、YAHOOマップを使います。これは拡大すると歩道も地図上に表示されるので便利です。

Yohooマップ拡大図。こんな風に歩道も描かれていて便利です。

 国道128号は概ね歩道があり安心です。この道は、並行する高速もバイパスもないため、交通量は結構多いです。そのため商店も新旧併せていろいろ登場しますので、給水にも事欠きません。ただ難をいうと、飽きます。海は見えず、山もあまり見えません。少し日差しが強く暑いので、体力温存のため新しいランニングスキームを編み出しました。その名もシグナル・インターバル走!インターバル走とはマラソンのトレーニング法のひとつで、距離を決めて高負荷のランとクールダウンのジョグを交互に繰り返して心肺を鍛えるものです。これを応用して、信号のたびにランとウォークを切り替えるのです。実際のインターバル走は非常にきついのですが、これはいかに半分くらい楽するかという観点から開発されたものですので楽勝です。この辺からこの千葉県一周マラソンもお題を千葉県一周散歩に変えた方が良い気もしますが、まあ気にせず進みます。ランも次の信号が見えていると粘りが効きますし、ラン区間が短くウォークが長いと「ラッキー!」といった、何が出るかな的な楽しみもあります。そのくらい暇な区間です。もうこのマラソンの「コロナで大会が開催されない間の体力維持とトレーニング」という副次的な目的は霧消しています。大会もとっくに再開してますし・・・。

国道128号線です。

 さて7kmほどそんな感じで進むと、千倉回りの県道とJR線とも合流し、しばらくして右手に太平洋が見えてきます。やっぱり海が見えるとテンションが上がりますよね。シグナルインターバル走は中止し、ジョギングペースですが走り続けます。和田漁港が右手に見えてきます。ここは今でも捕鯨の拠点で、クジラの町です。和田の町を少し走ると左手に和田浦駅があります。駅前に巨大なクジラの骨格標本があり、また道の駅も併設しています。走り始めて10km過ぎましたので、トイレと軽食のため休憩です。今でもクジラ料理を出す店もあるようですが、私くらいの年齢の人は食べたいと思わない人が多いのではないでしょうか?まだ捕鯨が今ほど世界から非難される前の時代で、学校給食のメニューにクジラの竜田揚げがありました。たしか1か月に1回はあったような。安価で良質なたんぱく源だったのでしょうが、なんせ硬い!とにかく硬い!味もゴムみたいな感じでおいしいものではないのですが、それも気にならないほど硬い。しかも給食の食器は先割れスプーン。細かく切ることもできません。いまにして思うとあれは、あごの筋肉を鍛える体育の授業の一環だったのか、はたまた肉はタンパク質なので嚙まなくても胃で消化されるという、家庭科か理科の体験学習だったのかと思ってしまいますね。というわけで、栄養源としてのクジラには興味はありませんが、生き物としては関心があります。一度だけですが、銚子沖で釣りをしていてすぐ20mくらい先に息継ぎに上がってきたクジラを見たときには感動しました。デカいというのもありますし、ふたたび潜水していく際、音もしぶきも上げずにあの巨大な尾が海に吸い込まれていく様子は神々しいまでで、もう圧倒されました。

 一息ついたらラン再開です。海沿いの128号を快調に行きます。右手は砂浜と岩場が交互に現れるような感じです。夏になるともう少し海水浴客などでにぎわうのかもしれません。3kmほど行くと江見漁港があり、ここから海岸線は岩場主体になっていきます。リアス式とまでは言いませんが山の稜線が海に落ち込むような感じで、内房の嫌な記憶がよみがえります。ただ内房と違い、狭小トンネルはなさそうなので安心です。

こんな感じの海岸線が続きます。

 鴨川の道の駅を過ぎると岩場の岬とその間に小さな漁港、といった景観が先の方まで見える場所も現れます。まだまだ先は長いぞ感がここちよいです。歩行者用トンネル付きの短いトンネルを過ぎると、しばらく海の上の歩道を走ります。すこし風が出てきたので吹き曝しはちょっと寒いです。3kmほど海岸線に沿って岬巡りをすると、太海というところで国道は山に向かいます。この先、鴨川の市街までバイパスの形で山中を通過し、途中トンネルもいくつかあります。路側帯もあるし、う回路もあるようですが、右の県道で海岸線を進むことにします。

外房はこんな感じで歩行者用トンネルが併設されていることが多いです。

 太海の町を過ぎたところで登場するちょっとやばいトンネルも、右に鴨川青年の家という結構大きな施設があり、この敷地内を通ってトンネルの向こうに行けるようです。すこしアップダウンはありますが、めでたく通り抜けて県道に戻ります。交通量は少なく狭い道ですが、隠れ家風のレストランや見晴らし最高な保養所などあります。別の機会に来てみたい場所です。すぐに昔ながらの漁村の風景になり鴨川漁港の旧市街になります。後半、結構アップダウンがあって、そろそろ足が限界です。

入り江前の一等地に建つ県共済組合の保養所。

 旧市街の中を下って平地に出ると現在の鴨川の街です。右に進むと、鴨川マリーナと言うのがあります。鴨川というとシャチのショーの鴨川シーワールドが有名ですが、もうひとつ亀田総合病院というのがあります。ここは外房地区随一の大病院であり、個人経営の病院とは思えない規模があります。詳しいことは分からないのですが、この亀田一族に内紛があり、その影響で市政全体に何かと対立があるやに聞きます。鴨川マリーナもその影響か、なかなか課題を抱えたマリーナのようです。千葉県の九十九里沿岸は遠浅で、大陸棚の縁まで行くには40kmほどの距離があります。ところが鴨川のあたりはすぐに深くなるので、深場の魚を釣るのに好都合であり、係留費用も高くないので釣りメインのボート所有者にとっては垂涎のポジショニングなのです。ただこのマリーナ、運営に課題を抱えており、ボートのメンテナンスができない状態が続いていると聞いています。惜しいなあ。で、その鴨川マリーナの前の空き地が再開発されており、公園が整備され、何か気の利いたショップまで建っています。まだ整備途上の感はありますが、マリーナも含めて今後に期待です。そこから1kmほど歩くと安房鴨川駅に到着です。本日の距離は過去最長の20km走破でした。

鴨川マリーナ前の公園(開発中)


本日の教訓、午後から風が吹くと結構寒い <累計135km>

②鴨川~上総興津

 なんやかやでまた半年が空いてしまいました。2024年1月14日に特急で鴨川に向かいました。今日は鴨川から勝浦までの予定。でしたが、前日に珍しく雪が降り、その関係かどうか分かりませんが踏切事故があったらしく、電車が途中の上総一ノ宮駅で止まってしまいました。同じ車両に乗り合わせた喪服の方々、おそらくお葬式に向かっていたのでしょう、あちこち電話連絡でお気の毒でした。私はそんなに急ぐわけではないので、のんびり運転再開を待っていましたが、結局、小一時間遅れてしまったため、勝浦まで行けるかどうか怪しくなってきました。

雪なんか降らないエリアのはずが・・・。

 鴨川駅からはすこし街中を走ってすぐに国道128号線にでます。鴨川といえばシーワールド、そのシーワールドと亀田病院のある道が128号線です。まあ鴨川のメインストリートですので、両側に広めの歩道があり、気持ちよく走れます。3kmほど行くと、国道は二手に分けれます。右は海岸線を行く旧道、左は山の方に上っていくバイパスです。バイパスも歩道は整備されていて走りやすそうではありますが、ここは海岸線一択です。青い空と太平洋、言うことなしです。右手は磯、漁港、海水浴場、また漁港と飽きさせません。

青い海と鴨川の街並み。ひねもすのたりのたりかな。蕪村好きです。

 4kmほどでバイパスと合流し、さらに1kmほどで再び分岐します。どちらも歩道なしトンネルが待ち構えている模様です。当然、距離も交通量も少ない旧道をチョイスします。路側帯的な部分はありますので、内房の狭小トンネルとは違います。ただ安全のために、ダイソーで買ったLED灯を点滅させて走ります。本来の目的は自転車用と思われますが、ランニングザックの肩部分に装着しています。一度うっかりしてザックごと洗濯してしまいましたが、驚きの防水性能で無傷でした。ダイソー恐るべしです。

 トンネルを抜けると天津小湊です。ここは湾になっており、鯛の浦で有名なところです。漁港と海水浴場が見え、その向こうには三日月ホテルが建っています。さてここからが、本日のコース選択で一番悩んだところです。国道は山の中を突っ切る形ですので、トンネルだらけです。路側帯が一段高くなっていて、幅の狭い歩道のようなものですので、歩くことはできそうですが、排気ガスを吸いながら延々歩くのも気乗りしません。もう一つは国道から離れ、日蓮上人の誕生寺の横を通って海岸線の崖の道を抜けるコースです。こちらは本当にローカルな道なので、やや不安はありましたが、見たい景色があったのでこちらを選択しました。

小湊を望む。

 途中、イノシシとかと出会うと嫌なので、適当な長さの棒を持って走ります。私は一応剣道有段者です。誕生寺の裏山を抜けると海に出ます。ただここは今までの漁港&海水浴場という感じではなく、切り立った崖の途中に道が付いているという感じです。その先には「おせんころがし」という悲しい歴史の場所があります。むかしこの崖に道を作ろうとして、何度も波に壊されてしまったため、「おせん」という少女が人身御供になって崖から投げ込まれて海を鎮めたという言い伝えで、その場所には小さな祠があるようです。ただそこまで行くとその先はまた道が途絶えてしますので、途中で国道へ戻ります

おせんころがし方面を望む。

 実はおせんころがしのある崖の裏は、行川アイランドと言う遊園地があった場所です。昔はそれなりに家族連れなどが訪れたのでしょうが、鴨シーのシャチのショーのような人気のアトラクションがあるわけでなく、バブル崩壊あたりで倒産してしまいました。おせんころがしと言い、行川アイランドといい、この辺はちょっと祟られている感じがして、どことなく空気が南国の明るさではないです。余談ですが、行川アイランドで飼われていた動物が閉園時に脱走、野生化して大繁殖しているのが、千葉の県獣と言っても過言ではない、かの有名な「キョン」です。

わが家の近くではキョン串が食えます。

 さて崖沿いの道から国道に戻ります。歩道はないのですが、路側帯部分が20cmほど車道より高いのと、比較的照明が明るいのでそれほど危ない感じはしません。トンネルを抜けると行川アイランド駅があります。駅前に民家はなく、誰が利用するのか分かりませんが、各駅停車は停まります。その後、また国道は二手に分れます。山の中を貫通するバイパスと、海沿いの旧道です。もちろん旧道を進みます。

 浜行川の漁港を過ぎると少し長めのトンネルが現れますが、横に歩行者専用のトンネルがあるので問題ありません。ただ人通りはないし、照明はあるものの何か辛気臭く、夜一人で歩くのはちょっと嫌な感じですね。トンネルを過ぎると上総興津の街です。たまたま発見した駅前の中華料理屋さんに飛び込み、ラーメンをすすりました。この日は前日の雪の影響かかなり寒かったので、体が温まると同時に、走行意欲がしぼんでしまいました。今日は勝浦までの思惑だったのですが、上総興津でおしまい。駅から各駅停車で帰りました。

心も体もあたたまる一杯!


 そういえば今まで話題に載せたことはありませんでしたが、いつもガーミンのランニングウォッチを着けて走ってきました。スタート地点で測定開始しゴール地点で終了します。すると本日の走行距離、歩数、時間などが表示され、併せて自宅パソコンとアプリで連携することでデータベースとして処理できます。それが本日、壊れました。ゴールしてみると3kmしか走ったことになっておらず、その後の記録はありませんでした。まあ5年以上マラソンの大会や練習でお世話になってきましたし、その前に使っていたセイコーエプソンのものに比べると操作もしやすかったので、満足しています。というわけで本日の走行距離、たぶん17kmくらい。

本時の教訓、ランニングウォッチを買わねば <累計152km>

上総興津~大原

 さて前回のランから半年後の5月6日、上総興津からスタートします。じつは3月一杯でサラリーマン生活におさらばしました。個人事業主として遊漁船業とその他若干の収入源とで細々と生活することになりました。つまり釣りのお客さんが入らない限り、いつでも走れる日々になったのです。というわけでこれからは見違えるようにペースアップしていきますよ。

 上総興津から勝浦の間はたくさんのトンネルを通ります。ただ全部に歩行者用トンネルが併設されていますので全く問題ありません。勝浦の街が見えてきたあたりで、三たびバイパスと分岐します。このバイパスは人が通るようにはなっていないので、必然的に旧道を勝浦の市街地に向かいます。勝浦の街は以前はもっと栄えていたのでしょうが、鴨川に比べるとさびれた感じが否めません。日本3大朝市のひとつである勝浦朝市はこの日も開催されていたはずですが、人影はまばらでした。輪島(残念なことになってしまいました)や高山のそれに比べると、雲泥の差です。なぜでしょうか?ひとつは外国人観光客の姿がないことです。そして日本人観光客もそれほど見当たりません。バイパス道路で素通りしてしまうのでしょうか。もっとも別の意味で勝浦は注目されています。夏が涼しい地域と言うことです。この異常気象ともいえる猛暑の中で、30度を超える日はわずかしかありません。鴨川マリーナでも触れましたが、すぐにドン深になる海に関係があるようです。テレワークの常態化と相まって、移住をしてくる人は増えているのかもしれません。オーバーツーリズムを避け、居住者を増やすというのが政策として推進されているのなら結構な話です。でもその人たちには朝市よりショッピングセンターがウェルカムなんでしょうね。

今日はこの通りで朝市のはずですが・・・。

 それはともかく、勝浦から先がまたちょっと悩みの種なのです。国道の旧道を行くと、(これが最後の)歩道なしトンネルがひとつあるのです。それにアップダウンが結構きつい。一方、海岸寄りにぐるっと回る生活道路があるのですが、狭いし相当大回りです。この道、実は伊南房州通往還という江戸時代の街道なんです。国道128号線は概ねこの旧街道に沿って作られています。自動車の往来に不向きな場所はショートカットしたり、ずれたりしていますが基本的にはこの旧街道の上をトレースしています。ただこの周辺ではだいぶ離れた所を通ります。でもこちらをチョイスします。昔の道ですから、両サイドも昔ながらの漁村の風景です。しばらくすると海に出ます。ここからは海岸沿いに行きますが、次々と小さな漁港が現れてとてもいい感じです。行川で感じた無聊感はありません。

 その先で128号線と合流し、部原海岸に出ます。左はホテル、右は海水浴場で、ヤシの木が植わっていたりして、南房総の雰囲気です。しかし、1kmほど行くと久々登場の歩道なしトンネル4連発です。ここにも伊南房州通往還の旧道があるのですが、かなり山の中に入っていく感じでしたので、意を決してトンネルです。さいわい全部長さは短く、路側帯も50cmほどの幅があるので、内房のトンネルとは恐怖感が違います。交通の流れを見計らってダッシュで通り抜けます。LEDライトは高速点滅モードにしていますので、対向車からは分かってもらえているようで、大型のトラックなどはかなりよけて走ってくれます。逆に軽自動車のおばちゃんの方が怖いですね。

白砂の部原海岸。振り返って撮ってますので本文とは逆向きです。ベージュのジムニーがよく似合う場所です。

 トンネルを過ぎると御宿の街です。ここは童謡の「月の砂漠」にちなんだ記念館や公園があります。この童謡、歌詞はともかく曲が暗ーい感じがしてどうも明るい砂浜のイメージはないのですが、実際は白砂、ヤシの木の、南国な感じのする場所でした。国道から御宿駅に入る道の角によさげな洋食屋さんを発見。急におなかが空いてオムライスでも食するかと飛び込んだら、メニューがステーキやらイセエビやら満載です。思いのほか本格的な感じでちょっとビビりましたが、うしろの方にカツカレーを発見しほっとして注文しました。カレーは辛くはなかったけど、カツは揚げたてで美味かったです。

御宿のカツカレー。

 腹ごしらえも終わって出発。ひたすら国道128号線を北上し大原を目指します。途中、歩道なしトンネルがいくつか現れますが、歩行者用トンネルが隣に付いているので問題ありません。そしてここからは海岸線にはお別れになります。若干内陸に入り、JR の線路沿いに走ります。歩道は比較的走りやすいタイプのやつなのですが、景色がかわり映えせず退屈な区間です。

久々の退屈区間ですが、歩道は走りやすいヤツです。

 7kmほど走ると大原の市街に入る道に分岐します。踏切を渡り商店街のようなところを1kmほど行くと大原駅です。本日の走行距離は約21km、ランニングウォッチ未調達のため地図上の測定値です。

本日の教訓、しょっちゅう走ると足は楽。<累計173km>

④大原~上総一ノ宮

 まあリタイヤすると暇なわけです。ということで5月26日、大原駅から出発です。梅雨入り前で気候もよいので、一生懸命走ります。ただそうはいっても初夏の日差しはかなり厳しく、すぐにシグナルインターバル走になってしまいました。大原以北の国道128号線沿いは商店や民家が続いており、郊外のロードサイドそのものです。マクドナルドや自動車ディーラー、ドラッグストアが並びます。このあたり、海からはすこし離れており、店舗も海っぽいものはほとんどありません。地図で見る限り、国道から海岸までの間に昨今はやりのグランピング施設とかドッグラン併設コテージのようなものができているようですが、国道からはうかがい知れません。しばらく行くと夷隅川を渡ります。

よくあるタイプのこんな道です。

 この辺は長者町と言います。お金持ちがたくさん住んでいたのかどうかは分かりませんが、いすみ健康マラソンのコースの近くです。小ネタ解説で有名な増田明美さんの故郷であり、このマラソン大会を主催されています。私も6回ほど参加させていただきました。増田さんがいつも自虐気味に挨拶されていますが、人口密度が低いので沿道の観客はほぼ案山子です。走りやすくて好きなハーフマラソンです。

 しばらく行くと右手に何やらおしゃれな店舗の工事をしています。経営者でしょうか、若い夫婦が挨拶してくれます。アイスクリーム屋さんのようです。流行るととよいですね。さて、この先に今日の昼飯の予定地があります。味噌ラーメン屋さんで、いすみマラソンの帰りに必ず立ち寄っていました。開店直後で他に客はおらず速攻で配膳されました。エアコンがギンギンに効いている中でアツアツの味噌ラーメン、たまりません。しかし店を出た後は反動で汗が吹き出し、とても走れたものではありません。

夏でも冬でも味噌ラーメン!

 ここからしばらくはウォーキングです。ゆるやかな坂道を下っていくと大東の海水浴場にでます。ここが九十九里浜の南端になります。そして海岸沿いを走ると九十九里ビーチラインにつながる道路の分岐が右手にあります。まっすぐ行くとJRの線路伝いに上総一ノ宮駅に行きますが、当然ここは右手に進路をとります。すぐに釣ケ崎海岸の入り口が見えてきます。東京オリンピックのサーフィン会場です。この日はあまりよい波が立っていないので、人出はまばらです。鳥居の記念撮影をして国道に戻ります。

釣ケ崎海岸の鳥居。

 しばらく行くと左手にサーフショップやレストランなどが現れます。昔からあるにはありましたが、オリンピック以降確実に増えてます。とは言え、湘南のようにざわざわしているわけではなく落ち着いたいい感じです。ただどうなんでしょう?たまに釣りに行く湘南方面でも感じますが、サーフィン人口って確実に高齢化してますよね。昔はおしゃれな若者のトレンドスポーツでしたが、今海岸をボード抱えて歩く人は腹回りや頭髪に課題がある人が多数派のように見えます。まあ人のことは言えませんが。このおしゃれな感じの通りを味噌ラーメンの汗かき走るのは、さらに奇異な感じなので、一本海岸寄りの狭い道を走ることにします。車が通らないので快調です。

メインストリートの裏の遊歩道。

 コロナ以降、この辺に移住してリモートで仕事をし、朝晩はサーフィンなんていう生活をする人が増えたようなことを耳にします。確かに分譲住宅やアパートも増えてますね。うらやましい反面、この辺も津波が来ると一発だなあとも思ったり。そんなこんなわき見しながら4kmほど走ると、上総一ノ宮駅に向かう道に出ます。いわばメインストリートのはずが、海岸から数百メートル離れたら田んぼの中の一本道になってしまいました。足も痛いので、駅までの約1km半を歩きます。途中、何人かすれ違った人が皆、「こんにちは」とあいさつをしてくれました。これもオリンピック効果なんでしょう。よいことです。上総一ノ宮駅は通勤電車の始発駅で、東京方面に向かう通勤電車が頻繁に出発します。特急の時間を気にしなくてもよいのがありがたいです。本日の走行距離18km。

上総一宮駅の待合室ベンチの背もたれ。ちなみに千葉ではコンビニやSAでサーフボードを売ってたりもします。だれが買うのかな?

本日の教訓、あいさつは良いものだ。<累計191km>

 さてここまでで外房編は終わりです。どちらかというと内房にイメージしていた漁村&砂浜風景は外房の方に多かったような気がします。もちろん断崖絶壁もありましたが、全部含めて海沿いを走ったという満足感があります。ただ遠いのは間違いないですね。これからは九十九里浜をひたすら北上するか、線路沿いの国道を走るかの選択に迫られます。上総一ノ宮のあたりはそれほどでもありませんが、これから先、鉄道はかなり内陸を走ります。行き帰りの交通を考えるとそっちの方が楽なのですが、どう考えても楽しそうではありません。九十九里を行くことにします。それはそれで飽きるだろうなあ、海ばかりで。次は九十九里編に続きます。

千葉県一周(内房編)

①君津~佐貫町

 前回のランから約1か月後の2021年2月23日、君津駅まで車で行きランを再開しました。前回までは海岸沿いの国道を工場地帯メインで走ってきました。しかし工業地帯の海岸線は工場が並んでいて実は海が見える場所はないのです。これからやっと海を見ながら走れるわけで、心躍ります。君津駅からは内房のメイン道路である国道127号線を行くのがデフォルトなのでしょうが、かなり内陸側の丘陵地帯を通ります。これでは面白くないのと、少しでも早く潮風ランがしたくて駅前からまっすぐ伸びる県道159号線を進みます。この道路は当時はまだ建設途中で、完成している部分と未完成で迂回する部分が混在していました。迂回部分できれいな菜の花畑を発見。2月の房総半島はもう春のきざしです。

君津駅前です。

菜の花畑。春の予感、そんな気分です。

 その後は歩道付きの県道を気持ちよくラン。すこし丘を登って下りていくと県道465号線と合流し、大貫の町に出ます。海が見えるわけではないのですけど、やっと潮の香りのする漁師町に入りました。県道は直角に左カーブし坂を上っていきます。地図アプリで調べると、まっすぐ海岸に出ることはできますが、その先に南下する道路がなさそうなので、あきらめて県道を登ります。最初狭かった道も坂を上り切り、内房線の線路と平行して走るころにはやや広くなります。ただ歩道はなく、路側帯を走る形です。途中、道路工事をしている場所があり、警備員が車を止めて通してくれました。「ご迷惑をおかけしまーす」という言葉とは裏腹に、その顔には「こんなところ、人が通るのか?」と書いてありました。大貫観音の裏側を通過したあたりでやっと歩道が登場し、こ線橋を渡ればつぶれたパチンコ屋の先に佐貫町駅が現れます。

 前回もつぶれたボーリング場の横を通りましたし、木更津以南はうらぶれ感が半端ないです。この辺は次回にまた語ります。というわけで佐貫町駅から電車で帰宅しました。もうここから先は船橋から直通の普通電車はなく、特急停車駅で乗り換えるか、日中は1時間に一本の普通電車を乗り継ぐか、なかなかアクセスが悪くなります。そうかといって駅前にコインパーキングもないので車も使えず、きちんと計画的に走らないといけないのが、このランの主旨とは外れそうでちょっと残念です。本日の走行距離11km。

佐貫町駅。今までとは駅前の雰囲気もぐっと変わります。

本日の教訓、電車の時間に間に合う計画と実践が必要。<累計74km>

 

②佐貫町~浜金谷

 前回ランから4日後の2021年2月27日、電車を乗り継ぎ佐貫町駅へ。今日は国道127号線を海岸線に沿って南下して浜金谷駅まで行き、15時過ぎの特急に乗って帰るというプランで臨みます。国道は片側1車線ですが概ね歩道はありそうです。この歩道があるかないか問題は、前々回の県道路側帯ラン以降、気になっていて、事前にグーグルマップやグーグルアースでチェックしました。ついでに調べてみると、佐貫町駅から国道127号線に出るところに宮醤油という江戸時代からの醤油屋さんがあるとか、127号線沿いに千葉県3大ご当地ラーメンのひとつ、竹岡式ラーメンの店があるとか面白い情報を入手しました。さすがに醤油を買って持って走るわけにはいきませんが、ラーメンは魅力的です。ちょうど昼前くらいに竹岡を通過する感じで11時に佐貫町をスタートしました。

宮醤油です。その後リピーターになりました。

 情報どおり国道127号線の交差点に大きな醤油樽を発見、別の機会に車で来てみることにします。国道を右折しだらだら坂を上っていくと左側につぶれた釣具店。なんでこの辺はこんなにつぶれた店が多いのか?おそらく館山道の開通の影響でしょうね。それまでは国道しか館山方面へのアクセス道路はなかったのに、高速が開通したおかげで交通量が激減したのだと思われます。そのため、ボーリング場も釣具屋もラブホテルもパチンコ屋も採算が悪化していったのでしょう。そしてこれがまた別の困った問題(劣悪国道トンネルどうやって走るか問題)を抱える原因になるのですが、その話は次回以降に。

 国道は上り坂の途中で館山道の富津中央ICに接合します。この辺だけ道幅がぐっと広くなり、観光客の皆さまいつでも大挙してお越しいただいてもOKですという感じです。しかし実際は半分はガードレールでふさがれて、片側1車線のままです。歩道も立派な奴が突然、途中でなくなったりして、何か計画倒れ感満載です。国道を上り終え、ふたたび下っていくと、上総湊の町です。国道は海岸線までは下りませんが、東京湾が眼前に広がり、その向こうには三浦半島とさらに富士山。これこれ、やっと目指してきた景色に巡り合えました。道沿いの郵便局の駐車場でひと休みし、景色を堪能して次はラーメンです。

やっと見えた東京湾。はるかに三浦半島とうっすら富士山。

 竹岡式ラーメンの有名店はいくつかありますが、行列に並んでいると帰りの特急に間に合わなくなるので空いている所に飛び込むつもりです。国道を南下していって最初に現れるのが鈴屋さんという人気店です。車は止まっているものの行列はなし。さっそく入店し、待たずに着席できました。自分だけ周りの人とはテイストの違ういでたちですが、気にしないようにします。竹岡式ラーメンとは、チャーシューを宮醤油に代表される地元の醤油で煮込んで、そのだし汁をスープにしたラーメンです。スープの色が真っ黒というのが特徴らしいのですが、ここのはそれほどでもありません。ただ見るからにしょっぱそうではあります。健康によいか悪いかは別にして、ランニングのエイドにはもってこいな感じです。でも実際に食べてみると、スープはそんなにしょっぱくはありません。チャーシューは結構しょっぱいです。

鈴屋さんの竹岡式ラーメン

 完食してすぐに出発です。ここから浜金谷まで約10km、走れば1時間、ちんたらジョギングで1時間半、歩いて2時間です。電車の時間が限られると、計算して走らないといけません。食べてしばらくは歩いて、残りをちんたらだとすると電車の時間にギリです。というわけで歩き始めると、すぐにニコニコドライブインなるおんぼろ食堂が現れます。地元では安くておいしいと有名な店で、駐車場は満車です。後日の訪問を期し国道を歩きます。この辺はずっと左側が崖または斜面で右側が東京湾。歩道は道の右側についています。国道と海の間のわずかな平地に真新しい別荘や会社の施設と思しき建物が多数あります。眼前(海面からの高さはあるので眼下?)はさえぎるもののない海、東京湾、そしてかなたは三浦半島、富士山。行きかう船を見ながらテラスでディナー、とか何てステキなんでしょう!いいなあと思いながら、すこしずつペースアップです。ちなみにいくらくらいするのだろうと、帰宅後調べましたがあまり物件情報がありませんでした。謎。

ニコニコドライブイン

 そのまま進むと坂を下って竹岡の町に入ります。この辺は歩道が消滅し、道路の側溝のふたがかさ上げされていて歩道代わりになっています。狭いし、ゴトゴト不安定だし、メンテ用に空いている穴につまづくし、ろくなもんではありません。危ないので歩きます。のちに分かるのですが、この手の歩道の多いこと多いこと、困ったものです。特に田舎の町の中心部に多い気がします。酔狂なランナーのために歩道を整備しろという気は毛頭ありませんが、車に乗らないお年寄りにとってどうなんでしょう?高齢者は免許を返上せよと言っておきながら、安全に出歩ける環境を提供しないのはいかがなものかと思います。

 竹岡の町を通過すると、また歩道が復活し、先ほどと同じように右手に海と別荘を見ながらの、うらやまランです。また、この辺からトンネルが増えてきます。短いものばかりです。新しいものは広い歩道が一緒に付いており快適です。しかし昔ながらの古いままのものは、異常に狭いです。歩道はもちろん、路側帯すらありません。その場合は歩行者用の別トンネルやう回路があったりしますが、そういったものが何もないトンネルがひとつありました。もっとも長さが30m程度でしたので、車の途切れたタイミングでダッシュで通過できました。でももっと長い、こんなトンネルが出てきたら困ります。そもそもこんな手掘りのような狭小トンネルが、それなりの交通量のある国道に存在してよいのでしょうか?松本から上高地に向かう国道にもありますが、あちらは目下バイパス工事中です。後日、調べてみるとどうもこういうことのようです。戦前に、館山の基地に軍事物資を運ぶためにトラックがすれ違える最低限のサイズのトンネルを突貫工事で作った。戦後に交通量の増加や自動車の大型化、歩道の整備などのために改良をしようとしたが岩盤の影響で工事が結構難しい。そうこうしているうちに高速道路が開通して交通量も減ったので、そのまま放置されているということのようです。ロードサイド店舗の廃墟化もさることながら、一般道の整備も放置されてしまっているのは、地元の生活道路としていかがなものなんでしょう。そしてさらに調べると、このあともっと長いこんなトンネルが続々と登場するとのこと。全然ダメじゃん。

 当日はそんなことはつゆ知らず、右手に海を見ながら楽しく走り続けました。だんだん西風が強くなってきて走りにくくなり、ペースを落とすと体が冷えてさらに走れなくなります。長ーい上り坂でめげてしまい歩きます。でも時間もありません。早歩きです。何とか浜金谷駅にぎりぎりで到着することができました。いろいろな意味で一番考えさせられた16kmでした。

本日の教訓、よく下調べをして走ろう。<累計90km>

③浜金谷~安房勝山

 さて前回、浜金谷まで走る中で恐怖の狭小トンネルに遭遇しました。そこでこの先の道はいかがなものかと下調べをしてみると何だかいっぱいありそう、と前回も書きました。まずは浜金谷と保田の間、ちょうど鋸山が海へ落ち込んでいる所の崖に、明鐘トンネルというのと元名トンネルというのが連続してあって、歩道はなさそう。しかもどちらも2~300mはあり、ダッシュで抜けられる距離ではありません。さてどうしたものかと悩んでいるうちに約半年が経過し、今回は6月22日になってしまいました。その間、マップとにらめっこし、ネットで情報を集め、実際に現地を車で走ったりして悩みまくった結果、次の3つの方法しかないと確信しました。

プラン1:トンネルの手前からバスに乗り、トンネルの先のバス停で下りる。

プラン2:鋸山の登山道を登り、反対側の保田に下山する。

プラン3:登山道ではなく鋸山ロープウェイで登り、反対側の保田に下りる。

これが恐怖のトンネル!Google Mapより画像借用。

 本来の主旨からすればプラン2が理想ではあるのですが、山登りなんて何十年もやっていないので全然自信がありません。鋸山は標高329mで日本百低山にも選ばれた低~い山です。でも海からいきなりそそり立っているので、標高は海抜0mからの正味の高さであり、実際に目の当たりにするとめちゃくちゃ立派な山です。絶壁なんで登山道もそれなりに大変そうであり、さらに数年前に直撃した台風の影響で荒れている個所もあるようです。単独登山で遭難でもした日には目も当てられません。ヘリで捜索とか高そうです。何より海の男が山で死んではいけません。娘さんよく聞けよ、です。あっさり断念です。であればコンティンジェンシープランとして考えるのはプラン1です。完全走破とは言えなくなりますが、やむを得ません。せめてバスの中で足踏みでもしてましょう。で、バスの時刻表を調べると・・・少ない。2時間に1本くらいしかない。もし乗り逃したらどうする?何もないバス停で2時間待つか?バカみたいだ。というわけで、残ったのはプラン3!残念ですが、内心ちょっとうれしい。

 前回は浜金谷駅に飛び込んで電車に乗ってしまったため、駅前にコインパーキングがあるかわからず、フェリー乗り場の駐車場に車を停めました。ここから127号線を1kmほど南下すると左手にロープウェイ乗り場に入る道が現れます。平日なので人は少ないです。ロープウェイはバスと違って15分おきに出発します。海から絶壁を見ながら山頂近くまであっという間に到着します。終点は山頂ではなく、ここからは徒歩で登るのですが、私の目的は鋸山制覇ではないので、ここから反対側の階段をひたすら下ります。

鋸山です。昔から石材を切り出してきたので、絶壁です。

 この階段は山頂付近にある日本寺への参道になっていて、保田方面から登ってこれるようになっています。とは言え300m以上の標高差からおそらく1000段以上はある階段を上ってこれる人は限られており、別に国道から入る道路があります。ロープウェイを使わない人はこの道を車で登って来るようです。最初はこの道を歩こうかと考えたのですが、自動車専用の有料道路なのでだめでした。とにかく階段を下りて行きます。これなかなか景色に変化があって面白い道です。ただもちろん上る気にはなれません。途中、外国人女性の二人組が死にそうになりながら登ってきました。ハローと言ったら、ヒローと返事してくれました・・・うそです。箱根駅伝の6区のランナーの気分で階段を下りきって、細い道に出て線路をくぐると国道127号線です。この辺は保田の町の中なので、そんな危険な国道という表情ではなく、歩道はないですが普通の道です。でもこれ以上(逆方向に)歩いて行くのは危険だ!という看板を発見。おいおい、そんな危険を認識していながら放置しておいてよいのかい。日本語の読めないインバウンド観光客は行っちゃうぞ。そもそもこの看板だって、参拝客に注意を促すため寺が立てたもので、行政は放置しているだけかい!まずくね?

注意書きです。

 さて右手はすぐ海です。もっと海べりを走る道も地図上はあるので、まよわずそちらへ。砂浜を見ながら走ります。これぞ待ち望んでいたイメージ通りの内房ランです。小さな川を渡ると保田の中心地に入り、かの有名な「ばんや」のある港の横を通ります。以前に来たことがあり魚料理を食べた記憶があるのですが、味はまずくはないですが高い!という印象しかありません(ちなみに私、釣り師ですので魚の味の評価基準のハードルはめちゃ高いです、念のため)。まあ観光地価格ですね。ただここにはビジター桟橋がありますので、船で訪れることができます。クルージングを楽しみながらおいしい食事をゆったり楽しみに行く、というのは地中海あたりの生活の楽しみ方のようで、まことによいです。日本でも瀬戸内海とかでは結構そういうのがあるやに聞いていますが、残念ながら東京湾では全然一般的ではないですね。以前は横浜に桟橋付きのレストランがありましたが、たしかもうないはず。そんな中で、唯一とも言ってよい保田漁協の取り組みは評価されるべきです。というか一漁協に任せるのではなく、自治体がイニシアティブを取ってやるべき観光事業ではないでしょうか?何か行政に対する愚痴が多い今日このごろ。

ばんやです。旧車會お断りだそうです。

 さてばんやは今回はスルーして先に向かいます。右側に道の駅があり、少し行くと鱚ケ浦の海水浴場が現れます。ここは規模は小さいですがいい雰囲気の穏やかな入り江です。弓型の砂浜ではウィンドサーフィンのスクールをやっていたりして、湘南のイメージかな。湘南に比べると、水は圧倒的に澄んでいてきれいですし、人が少ないせいか時間がゆったり流れている感じです。歩道も幅広のインターロッキングで、そぞろ歩きを楽しめる造りです。住んでみたいですが、高いんだろうな。帰宅後、調べますがやはりここも物件が出てこないもんで相場が分かりません。まあ分かっても無理だと思いますが。砂浜に沿って岬の方へ行くとリゾートマンションとか何かしゃれた和食レストランが現れます。これまたいい感じです。そこを過ぎると旧市街に入り生活感が戻ってきます。これはこれでグッドです。狭い道を抜けて安房勝山駅に到着。電車で浜金谷に戻り、車で高速経由帰宅しました。なかなか内容の濃い7kmでした。

本日の教訓、やはり海べりは気持ちいい。<累計97km>

④岩井~九重

 実は前回のランから2年近く経ってしまいました。と言うのも、またまたトンネル問題なのです。本来は127号線を館山まで南下するつもりだったのですが、そこには南無谷トンネルと岩富トンネルと言う前回以上に長い狭小トンネルが待ち構えているのです。したがって迂回をしないといけないのは間違いなく、また旧道のような峠道もあるのでそこを行くしかないのですが、コロナのワクチン接種だの、旧道は100m近いアップダウンだの、スズメバチシーズンに入ってしまうだの色々あって躊躇しているうちに2022年が終わり、2023年になってしまいました。

 昔、新入社員のころ先輩から、表を見れば数字が訴えかけてくるくらいにならないとダメだ、と教えられましたが、地図を何度も見ていると富山と言う山のすそを通って山中の川沿いに南下するルートが、こんな行き方もあるよと訴えて来るようになりました。心眼です。標高差も山すそを縫っていくのでそれほどでもなく、何よりグーグルアースで見る限り、道路がとても走りやすそうです。実はマラソン仲間がリタイヤ後に冨浦と言う海岸沿いに移住しており、通過時はぜひ寄ってと、お誘いを受けていましたが、また次回と言うことで泣く泣く断念。山中ルートを調べます。するとどうもこのルートは途中からサイクリングの推奨コースになっているようで、それなりに休憩するところもありそうです。ちなみにJR千葉支社では自転車が積める専用列車を走らせており、BBB(房総バイシクルベース)と言う名で推しています。クリーピーナッツみたいです。関係ないか。でも、Creepy Nutsってカタカナで書くと栗とピーナッツみたいで千葉っぽい!

 というわけでルートも決まり2023年4月23日に決行です。ただ、このルートは久々のランにしては距離が長く、かつ公共交通機関は並行して走っていないため、無理に走らず完歩を目指します。そのためなるべく時間を長くとるのと、かなり遠隔地になってきたので贅沢にも特急を行き帰りに使います(往復で1万円近くかかります。泣)。8時22分に船橋駅から新宿さざなみ1号にのりますと、岩井駅に9時51分に到着します。本来の主旨からすると、岩井から上りの普通電車に乗り換えて安房勝山まで一駅戻らないといけないのですが、乗り継ぎの問題もあり断念。安房勝山~岩井間は後日に取っておきます。岩井駅に到着すると暑からず寒からず春の気持ちよい気候です。駅前では中年の女性が大声で意味のないことを騒いでいました。まあそんな陽気です。

岩井駅です。まだまだマスクランです。

 富山方面には岩井駅から127号を少し戻り、県道に入ります。歩道の付いた立派な県道です。内房線をまたぎ、館山道のハイウェイオアシスの横を通ると、ゆるーい上りになります。体力温存で歩くつもりがジョギングになっています。久々なので何となく気が急いているのかもしれません。県道を3kmほど登ると歩道はなくなりますが、道幅があるのと交通量が少ないので路側帯を通っても全然不安はありません。道に沿った小さな川の向こうの山は新緑と山桜が美しいです。1kmほど行くと右手に入る小道があり、その先には水車小屋跡があるとの看板。あずまや風のものがあり、小さな公園のように整備されています。小さな集落のようなので、そこの住人が手入れしているのでしょう。ちょっと休憩させていただきました。

水車小屋跡の公園です。とてもよい感じです。

 その先のつきあたりで県道でもないのに新しくて立派な道路を左折します。片側1車線とは言え道幅は広く、ちゃんとした歩道もついています。車は全く通りません。集落を抜けると一気に下りになります。大きくカーブしながら駆け下りていきます。この辺は平久里と言う歴史のある集落のようです。2kmほど行くと県道88号線に当たります。右に曲がり引き続き快適に走ります。すぐに川沿いの道になり平坦になります。基本的に県道沿いに民家が適度な間隔で途切れず現れますし、牛舎なんかもあったりして飽きません。この辺の道がサイクリングに推奨されているようです。気持ちいいでしょうね。

牛です。にらんでます。

 さて3kmほど走るとずっと道の左側にあった歩道がなくなるようです。数百メートルで別の県道と合流するので一気に路側帯を走って行ってもよいのですが、地図を見ると右側の集落の中を抜けていく細い道もあります。今日は気分がよいので、集落の道を選んでみます。しかしこれが大失敗。うねうねと数十メートルの上りになり、そこから一気の直線下りというジェットコースター道路でした。久々のランであり、すでに10kmほど走っているので、この下り坂で足にマメが多数発生したもよう。別の県道と合流と書きましたが、実際はつきあたる88号線の名前で続くようです。ただしばらく歩道のない区間がありそうなので、橋を渡って川の向こう側へ出て、農道を行くことにします。1kmほど行って再び橋を渡り県道に戻ります。田舎の景色を楽しみながら2kmくらいで道の駅三芳につきます。こじんまりとした新しい道の駅で遅めの昼食をとります。サイクリング推しのエリアですが、自転車よりバイクが目立ちました。

これは道の駅ではなく、古民家貸別荘。

 一服して再開、ただし食後で足の痛みもひどくなってきたので早歩きみたいな感じです。この辺りはもう平野部であり、田んぼの向こうに建売住宅が見えたりします。さらに学校や病院といった生活感のある建物の中、ひたすら南下し4kmほどで国道128号につきあたります。ここには安房地域医療センターという大きな病院があります。病院の前でおじいさんが大声で何か騒いでいます。そんな陽気です。

 さて128号を右に行くと館山の市街地、左に行くとJR線沿いに千倉方面です。本来なら右に行って館山から洲崎、野島崎と海岸線を半周したいのですが、40kmもある上に鉄道がありません。とくに前半部分は歩道もなさそうです。イメージとしては前半20kmを白浜まで走り、バスで館山に戻る。後半もバスで白浜まで行き、千倉まで20km、という行程です。船橋8時過ぎの特急で館山10時過ぎ。20km走って(歩いて)14時。15時のバスで館山に戻り、16時の特急で18時に船橋着。一日がかりです。さらに前半、後半2回。交通費2万円、うーんパス!狭小トンネル問題で冨浦方面をパスしたことから、こだわりは消えました。ここは後日と言うことにして、128号を左に曲がり、九重と言う小さな無人駅に到着。電車は1時間に1本。しばらくホームで座って目の前の竹林を眺めます。うぐいすが鳴いているのですが、何か変。ほー、ほけきょきょきょ。鳥の世界も個性を尊重しないといけない時代なのですね。やってきたのは2両編成のワンマンカー。そもそもこのエリアは特急は走っていないので、これで館山まで出て乗り換えです。のどかな田舎のおんぼろ電車かと思いきや、最新鋭でしかも満員!どうも部活動終わりの学生が大挙して乗っているようです。なにかこう、田舎と都会のはざまに紛れ込んだ感覚でした。というわけで本日、岩井~九重間18km。

場所柄、リサイクルショップで船売ってます。

九重駅。無人駅ですが、新しくてきれいです。奥がホケキョキョキョの竹林です。


本日の教訓、田舎の電車は意外と座れない。<累計115km>

 これで内房編は終了です。走る前は内房というと、漁港と砂浜が次々と現れる海岸線をのんびり走り、うまそうな干物でも毎回買って帰って風呂入って一杯、というイメージを持っていたのですが、トンネルと山ばかり走ってきた感じです。こんなはずじゃあ、と思いつつ外房編に続きます。